こんなときばかりなのだ。
黎明もまだ遠い地平の彼方、並ぶ寝台は設えられた王の物と麻が引かれた護衛の物。幾らか響いていた衣擦れや、いつの間にか不本意ながら寝苦しさを体現するようになってしまった跳ね上げられた布団。
絹の夜着から男らしい足を大きな態度で投げ出して、発の喉はわざとらしく肺の空気を追い出した。相も変わらぬ大の字は、とうとう絹の冷たさも奪い尽くし、貪る筈の惰眠は未だ尾すら見せない。鈍く光る星明かりだけが妙に艶かしく、寄せた眉は訝しんだからか寝苦しいからか。答えは出なかった。
隣で片膝を抱え上げた天化は、起き抜けの猫のようにぬっと両手諸とも背を伸ばし、やはり訪れない眠気と黎明に手を焼いている。
眉を寄せ、また眉を上げ、凛々しさと子供らしさを共有する独特の眉間が波打った。
こんなときばかり、酷く気になる。
互いの音も、風も雨も、ありとあらゆる音という音の総てが。
さらさらと草木は流れ風が舞い、金木犀はふわりと風を抱き込んで、漆の壁と砂壁は、それぞれ風穴を空けまいと屈強に立ちはだかる。あと数日で雪の香りもするだろう。
女中どころか小鳥たちの噂話すら望めないこの部屋で、微かに聴こえて止まぬ音。
とくん、とくん。
喉の奥が手持ち無沙汰を嘆く音。
少年の素足が麻をなぞる音。
とくん、とくん。
嚥下に伴う仏の軋み。眉間を寄せれば絹を這いずる明日一番の無精髭。
着火ドラムに出番はなし、押されたボタンでジッポーが空回りする空虚な暖かい音と空間、鼻腔をタールが満たしたように感じたのは、否ただの錯覚か。豊潤とは言い難い苦味のある燻された草の煙と香りは、互いに趣向も違うだろうに。
ただなんとはなしに、あのデニムに似合うと互いが認識を共にする。
あの真っ赤な絹に似合うのは、薄荷と香草を浅く燻した女のような底のない、しかしソツもない香りなのだと。
何年を経ることはなくとも互いが互いを認識していた。
「天化、火ぃ」
「ん」
最小限で交わされる文字と抑揚の押収は、切っ先を合わす煙草と煙管に遮られた。
音が渦巻くこの部屋で、手も触れず目を見張ることもなく、互いの支点はひとつの灯火。なんとも頼りなくいかんとも名状しがたいそのバランスは、いつか崩れやしないだろうか。否、崩れやしないだろう。始めから建ててなどいない、いけない架け橋なのだから。
二人分の火が点る。
架け橋はふっと離れて揉み消され、紫煙と香りがたゆたう小さなお誂えの部屋の隅。架け橋よりも拙い音で触れ合う心音があったかどうか、今となっては知る者もいないだろう。
微かに繋いだちんけなプライドと、指先だけは知っていた。焦がれ焼かれるその意味を。そして再び掻き消す紫煙。
──そんな眠れぬ夜の御伽草子と二人事(ふたりごと)。
end.