溢る君愛好症(特殊*)




宵の口。寒い寒い雪の降りしきる日に、寝台の前に胡座をかいたヤツが口を開いた。
「この間の賭け。今なら言うこときいてやってもいいさ」
十分過ぎる酒が入ってとろんと流れた目。上気した頬と鼻の傷。俺の寝台前の床の上に二人して胡座と方膝立てて陣取って、空になった酒瓶は三本目。流石に一気飲みを躊躇いながらロックグラスを傾けて、ヤツが──天化がそんなことを言ってのけた。
「あーたなかなか命令しねぇからよ。俺っちが逃げたみたいで逆に居心地わりぃさ」
俺としちゃあ願ってもないこの状況だ。バンダナの尻尾を指先で遊ばせて、俺の斜向かいから甘ったるい声がする。すかさず表情が伺えないように顔を伏せた天化が、コホンと喉を鳴らしていた。
「なんだよ、イタズラされてぇの?」
「べっ、──!」
膝で赤い絨毯を擦りながらにじり寄って抱き締めた硬い身体は真っ赤になって身震い一つ。お決まりの文句も歯切れが悪いっての。
「別に俺っちがしたいんじゃないかんね!言ったっしょ!逃げるみたいで嫌なだけさ!!」
「はいはい」
知ってる知ってる。コイツの口数がマシンガン並みに攻撃的に増えるときゃぁ、わっかりやすく言い訳だ。ったく、男ってのは嘘が下手なモンだよな。真っ赤になって甘ったるく頭を振る背中を後ろから腕の中に閉じ込めて、ヤツを包むように脚を回した。何かを決意したらしい天化がひゅっと息を詰めたのがわかる。ばーぁか、可愛いヤツ。たっぷり二回の深呼吸を待って、俺も言ったんだ。

「このまま──俺の傍から離れんな」

って。

たっぷりたっぷり、天化が弱い吐息を存分に含んだ声で、耳元を撫で上げるみたいにして。

「へっ?」

瞬間的にデカイ目がこっちに振り向いて、
「へ、え?それだけ?それだけでいいんかい?」
なぁんて拍子抜けた声だしてやんの!っとにもう!かぁいいかぁいい!
「それだけって?なに、俺ってんな人でなしな命令しそうに見えるワケ?」
「……だって王サマはロクデナシさ」
「あー、そりゃぁな。ひっでぇの天化ちゃんてば」
おちゃらけた押収は慣れっこで、依然腕の中でじたばたする天化は、なにやらこの命令が不服らしい。それは俺も重々承知だ。だって天化のこの目もこの声も、抱き寄せる俺の腕に添えた指先も、したいときの天化の合図だから。俺に抱かれたがってる天化が、プライドを投げ捨てて取れる数少ない手の内が、今宵はもう既に全部明かされて揃ってる。
「……本当にそれだけなんかい」
「おう。それだけだぜ」
不服そうに唇を尖らせて煙草を探すその手に手を重ねて甘く甘く言った。
「な?離れないでくれよ、天化……頼む」

仕方ないさ、姫発さんは──なんて小さくも媚を含んだ声がしたのは、深呼吸三回後のことだった。


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