AM9:55




うすぼんやりした陽の光が差し込むリビングで、鼻を満たすのはいつだってシャボンの香りだった。
今日も今日とて家に上がり込んだアイツに、揉まれてる俺の一週間分の洗い物。靴下と、アンダーシャツと、まぁ端的に溜め込んだパンツ。あー、あとハンカチか。なんでこんなことになってんだっけなーっと、夢現で思い出に浸ってみることにした。アイツが洗濯終えるのは、決まって十時の五分前なんだ。

最初は、同棲してたツレと別れたばっかの俺が荒れてた日……だと思う。それもオボロゲってどうなワケ?なんつーか、えーあー…三年とちょっとぐらい前の、大学三年だったのだけは、ゼミの時間割で覚えてる。当時いけすかねぇ馬合わねぇ、だけど何となくつるんでたのが、あのウブい風貌の天化で。
「同棲?」
「あー、まぁ」
そんな程度しかカノジョのことも話してなかったように思う。それが、どうも酔っぱらった俺が連れ込んだんだろうな、宅飲みコース。俺の一人暮らしのこの家に上がり込んで、二人してビール空けてるうちに、俺の唇は泣き言ばっかり連ねてて、
「一週間も一緒にいてなんなんだアイツ……」
「一週間で永遠誓った気になってるあーたがアホとしか」
んな辛辣な!とか、言ったっけな。だってでも酷くねぇか?俺傷心よ?
しかも揃いのカップとか買ったばっかだったから、その元カノのカップで茶―くんでる天化が、一晩一緒に横にいた。で、――肝心の記憶が薄れてる。いや、ない。ないに等しい。
朝起きたら、そりゃもうきれいさっぱり二人の間に服なんかなかったことになっててだな。

唯一覚えてるのが、腕の中で丸くなってる天化の声が、意外とあんあん可愛かったとかんなくだらねぇことだった。なんだ天化慣れてんだ、ってのがまた意外でよ。我ながらサイッテイ。

その日荒れた部屋に残ってる元カノの遺物を捨てる決心をしたときも、まさに捨ててる最中も、何故かじっと横にヤツがいた。

だからって男とどうこうなるなんざあるわきゃねぇだろ。ゼミ以外では会わねぇし、相変わらず会話も合わねぇし、俺は懲りずに次の恋を探しながら、あてもなく夜の街フラフラして、ぽっとアイツの顔が浮かんじまったりとかんなアホな。
そんな冬の土曜の朝に、何故か唐突にウチに上がり込んだアイツが、溜めてた俺の靴下やらパンツやら洗ってった。――はい?ナニソレ。いやまぁコインランドリー行く手間省けたしいいけどな?
「あーた、あんなちょっとの洗い物でコインランドリー行ってたら破綻するべ」
って笑ってた。
「ほんっと仕方ねぇひとさ王サマは」
とか、よくわかんねぇあだ名と一緒に。

そしてまたヤルことやっちまうだろ。
いや、だって。仕方ねぇだろ酒入ってるしご無沙汰だし、
「だから一週間でご無沙汰って思うあんたの基準がおかしいさ」
そう言いながら拒まねぇんだもんよ。天化もスキモノだなーって思うじゃん、我ながら最ッ低な迷言第二弾。

付かず離れず、大学じゃダチで、ウチ帰ったらそーゆうことヤル仲で、いつの間にか天化を抱くことばっか考えてる俺がいたりして、次の恋探しがまた先送りになったりとか。クラブの先約ブッチで天化と映画見に行った日は、ずっと観たかった恋愛大作で涙目の俺の横で爆睡かます天化とガチ喧嘩した。
「アクションじゃねぇ映画なんか観っか王サマのバカ!」
なんつって怒ってたアイツのあれが照れ隠しだったってのに気付いたのは少し後で、気付いたら可愛くて笑い止まんなくなっちまってさ、手ぇ繋いで歩くようになった。
その翌日も、コイツは洗濯物の山を抱えてた。

大学も四年の夏は、就活地獄に論文地獄で、ゼミもろくすっぽ出るヤツいねぇ――まぁ筆頭は俺だけど。だからかアイツと会うことも自然となくなって、なんだかわからない焦燥感でいっぱいだった。相変わらず洗濯物は洗いに上がる天化だから、続いてはいるんだけど。最近抱こうとすると拒まれる。なんでだそりゃ。俺にとっちゃ一大事だっつの!無表情で使用済みの俺の勝負パンツ洗うアイツに背筋が凍った真夏の日。
やべぇ、殺気がする。どうしよう、俺なんかまずいことしたか?
ことごとく俺もバカで最低だけど、なにも言わねぇコイツもコイツだ。殊勝でワガママ放題育った俺はそんなことばっか考えて、言っちまったんだよな。

「ごめん、昨日元カノと会って……あー、流れでやっちゃった」

とかな。カマかけるにしても全部マジなのが最低な俺の語録三。
でもさ、なんで最初に「ごめん」なんて出てきたのか、臆病な俺はそれを汲み取って欲しかっただけなんだ。

「あっそう」

ってだけ言ったアイツが、洗濯物と一緒に消えた夏。
まさかって思うだろ。
メールも電話も着拒で、ゼミも出ねぇしそもそも大学もバイトも来てねぇってオイ!
更にあれだ、今更だけどアイツの実家なんざ知るワケねぇし、このまま連絡取れないんだって思ったら走り出してた夏。天化の怒り方ってのが、意外と女っぽいとこあるって知った。
馬鹿だろ俺、実家が都内かどうかも知らねぇのに走ってどうすんだ、マジで馬鹿か。
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