愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない




"金さえあればどうにでもなるもんさ"なんてよ、よく言ったよな、俺。抱えた虚無も引っくるめて、あれは半ば本気だったってのに。

甘ったるいフリの恋人ごっこのふざけたキスも、金があれば買えたっけ。
超絶テクの一夜も然り。

自分の出したもんの味がする不味い口付けなんて今日が初めてだ。そりゃ店のオプションにキスねぇんだもん。──……なんて言ったらまた呆れて突っ込まれんだろうけど。


ひっくり返った子猫の両手が空をかくみたいにして、浮遊しかけた俺を呼んだ。
「ん?天化?」
がっちり掴んだ腰と脚で、"ん?"もなにもねぇんだけどさ。まっすぐ俺を見ながらぱくぱく動く天化の唇は、まさに"王サマ、キスして欲しいさ…"ってなことになってて、キスもしたけりゃ一生その顔眺めてたいし。鼻の傷にそっと口付けて、ジタバタ伸びる天化の指に指を絡めた瞬間だった。
「い──、ぎやあだだだだ!!ん゙んっ」
信じられない痛みと共に、繋がってる一点を支点に起き上がりやがったソイツに、頭突きに近い唇を食らった。流石の腹筋、もう!今日何回目だよこーゆーの!!
「ばっ…かやろー…」
「ん、」
「…っ…使いモノにならなくなったらどうしてくれんだよ…」
「……は、王サマがのろのろじれったいからさっ…」
「あ?」
「わかってるくせに、わざと……キス、やめたっしょ」
あーあーあー、言い淀んだこの言葉で腹立てる術もなし。ちくしょう!

「食いちぎる気かよっ」
この局面、これで真っ赤になるのもどうなんだ。"キス"言えねぇって思春期かよ!!
左右に少しイヤイヤの頭を撫でながら、肩の脚を解放。
「ふぁあっ!?」
反動にひっくり返る声と体を、今度こそ寝台に縫い止めた。
「ぁっ、だから急にっ、は、ダメさあッ…!!」
腹も胸も唇も寸分の隙間もないように。頭も抱え込んで弱い耳も離さない。一言後には、待ってましたとばかりに天化の舌が伸びてきた。どうやら天化は唇がめっぽう弱い。深いキスの一個でこうも容易く大人しくなる。ああ、一個もなにも数えられる範囲越えてんだけどな。
「んんーっあ、あぁ…王サマっ…」
うわっ、やべぇ…腰にくる声……。いつの間にか背中に回る腕と爪が、力の限り俺を引っ掻いた。そうだ、コイツ剣術云々で短く揃えた爪なわけ。絶対女ウケしねーその爪が、いや、その爪じゃなかったら俺の背中大変なことになってんだろう。なんだ、俺とコイツのバランスってのはそこで保たれてるんじゃねぇ?ひょっとして。
「あっ、ふぁ…っぐ」
喘ぐ下唇を噛んで離れた頃には、震える天化のデカイ垂れ目に涙の粒がみっつ。左の目尻と目頭と、右の下瞼。急に動きを止めた黒い頭を撫でてみた。──……やっぱりね。
「な、気持ちよくて泣いちまうのも大歓迎なんだってば」
また真一文字に閉じられた唇を撫でて、左の瞼にキスをひとつ。
「てーんーか」
負けず嫌い、誇り高い、意地っ張り、あとは一体なんなんだろう。目尻を吸い上げたら際限なくぽろぽろ転がり出した水の玉が、月夜の光に浮かび上がる。やっぱり俺の言い分やら言い訳やらって、少し卑怯なモンなのか。キモチイイ、だけとは思えない量の水分が、押し流されては好きだと零れた。

たまらない。
ちくしょう。

たまらなく苦しくて気持ちがよくて、絶景は痛い。
せつなくて、よわくて離したくない。泣いていいなんて体のいい俺が泣きそうだ……ばかやろう。
止まらない腰を打ち付けながら、天化の顔が見えなくなる程近付いた唇で、震える瞼を撫で続けていた。
「……ふぅっ、ん」
涙と同じ間隔で襲う締め付けが、堪らなく好きで好きで切なくて気持ちよくて、
「な、そろそろ"ひゃーあ"も聴きてぇな」
軽口めいたキスの合間に囁いて抱き締めた天化は、また左右にイヤイヤを続ける。切な気に鳴らす鼻が、今度は楽しそうに健やかに、ぐずぐずガキみたいな音を持っていた。
「へへ…」
勿論目は開けたまま俺を見た。突き上げるタイミングで強く閉じる。ああもう!
「天化!」
「っぁああッ…!」
体を大きくしならせた天化が、みみず腫予備軍を増やしながら俺にしがみつく。やっぱり抱くならこうじゃなきゃな。無我夢中で腰を引き寄せて打ち付けながら、同じく無我夢中で腰を寄せる天化に酔う。笑顔が徐々に快感に流されて、きゅーっ、なんて音がするんじゃねぇの?強く眉を寄せて必死にイヤイヤ、キスはやめない天化は、もう声を上げる余裕がないらしい。
「うっ、つ、オイ、尻やめろ…!」
背中から降りてきた左手でわし掴まれんのも初めての感覚、うっ……あほ、気持ちいいじゃねぇかよ、ちくしょう!まぁまた無意識なコイツ…。
「離せって」
「っん…も、もっ」
「……もう?」
聞き返すと余計黙っちまうのは予想してたけど、まさか。
「……もう、イキそ、うっ、さっ…イキたっ」
耳元で予想も妄想も越えた健気な予告の声がした。
「……"イキた"?」
「い……っ」
聞いて嬉しくない訳ねぇ!
思わずヒートアップの律動とスピードに、裏返る声としがみつく指。食い込む脚。
「っさ、マっ、ああっ…はやっ、くあ」
「まだだってーの」
「なげぇさッ!いつもみじ、かっ、くせにっ!!」
「うるせぇな!昔から2回目はなげーんだよ!」
散々セーブにセーブを重ねた苦労の日々に、この発言は嬉しいやらやるせないやら。夢中で首を振る天化が、左手で俺にしがみつく。あ゙あ゙ーッだから尻掴むのやめろー!!
「王サマっ、おうさまっ…ぁあッ…」
ひくんひくん、跳ねる喉仏を見た。脚の先を突っ張らせた天化は左右に首を振り続けて、出る、いい、イク、だめさ、出る、なんて直接的な単語を何度もわんさか散らばせた。まるでひっくり返したガキのおもちゃ箱みてぇ。月夜の指す可愛くて仕方がない唇に吸い付きながら、胸を撫でればバタ脚が還る。腹に感じるしこりに目をやれば、
「……っ、天化、おまっ」
それこそまさか。しこりの正体。イッちまわないように右手で自分の根元を締め上げてんの。"王サマと一緒がいいさ"とか、ふりがなふって間違いない。
とうとう目も固く閉じて絶頂を堪える天化が、
「俺も、っ……そろそろイくぜ」
可愛くなかったらなんなんだ。フツーそれ俺がやるんだぜ?握り拳よ?自分でするか!?

俺の下で震える唇が、息すら吐けずに目を閉じる。瞼の下の目は、きっと誰にも見えることがない天化だけの快楽の世界を見てるんだろう。天使がいるだの花が咲くだの、桃色だの真っ白だの、暗いだの。そーゆー世界をさ。もう少しであのうっとりしたため息が聞けるんだろうかとか、ひゃぁってな高い声がするんだろうかとか、後も先も天化ばっか。熱い頭を抱える頃には俺にまでそんな世界が見えた気がして、耳元には絶え絶えの口パク吐息、"王サマ、俺っちイッちゃうさ"って。……って!って!!

「ひゃッ、は、つっああぁッ……!!」
左手で天化のキツイ右手を引き剥がしながら、──……一生終わらないんじゃねぇか。そのぐらい長い長い吐精が熱くて堪らなかった。
「──……くっ…たまんね…」
目の前は、月光と燈台と反射した漆喰の眩しさに一杯で、小さい六角形の塊が無数に散っては消えていく。
「…あ、…あ…ぁっ」

雪降る夜に規則正しく波打つ天化の胸に雪崩落ちて──それも情けない話だけど──天化の胸の音を聞く。っくはー……流石に俺もいろいろ抜けた。力のこもったあの指からふわふわ強張りが抜け落ちて、みみず腫の背中も無事解放。
「ふ、ぁ…ふぃー……」
「……だから、尻、」
「……ん」
「尻の手離せって」
まるで見たこともない海みてぇな音だ。
「ん…おう…さ」
そんな無責任な夢想を擦り付けたバッタ腹は真っ白に濡れて、……うん…そう。流石に気持ちわりぃな、ぐちゃぐちゃ。俺の腹も天化のでぐちゃぐちゃ。うわ、うーん……。モロ飲み過ぎに容赦ない生臭さ。
「……サマ…、おもいさ」
「……あーわり、無理…」
一気に押し寄せる怒涛の一夜が再び脳に渦を作る。夢じゃない、確かに天化は腕の中、否、腹の下で、じたばたの余裕もなく瞼だけしぱしぱやっていた。
また唇が走り出す。
声にはならない息を二人で分け合いながら、真っ黒な髪をすいた右手に、微かに生乾きのかさぶたと、滲んだ血の感触がした。少しだけ固くした唇をほどいて舌の先で遊んで、俺はまた髪を撫でる。頭を撫でる。

"傷の一個や二個"

コイツがそう胸を張るソイツは、確かに意地らしく痛々しく、雄々しく可愛らしく、天化の身体に共存していた。汗に濡れた額を舐めると、くすぐったそうに目を閉じて、脈打つ額を撫でると、髪の下で古傷と地肌が総毛立つ。
うんんー、なんて力なく色っぽい声で甘える天化が、俺の腹の下で擦れて少しだけ固くなっていた。ったく。
「まだするって?足りねぇのー?」
「足りねぇさ」
「気持ちよかったわけ?なぁ、どんなー?」
相も変わらず下世話な遊び人の俺の口にもぞもぞ文句をぶー垂れながら、煙草を加えるあの唇がガキの寝息を立て出すまでに、そう時間はかからなかった。……ったくよ、っとにもう!ばーか!
繋がったまま悪態の振りの軟弱次男な王サマの俺は、押し寄せる二日酔いの頭痛と吐き気と闘いながら、一晩中汗臭い髪を撫でてみた。

"ここでぐらい、忘れられる場所があったってさぁ"
あの目的はどうなったんだか、確かめてみる度胸はない。
ま、いいや。
最後にコイツが言いかけた切れ切れの名前を思い出しては、にやける口を押さえながら、
「もう傷付けさせねぇよ」
月夜の瞼に、そっと可愛い口付けをした。

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翌朝+α


「あのとき右のケツ掴んだらさ、グワッてでっかくなったさ、王サマ」
「てめコノヤロッ…」
「そしたらすげぇ音の銅鑼が、三里遠くからバーンてきて!頭までドーンさ!俺っちの頭ん中で渡り鳥百羽ぐらい一斉に並んで飛んだかんね!……あれはすげぇさ、ちょっと、マジびびった……」


一緒に見た筈の"キモチイイ"、の世界は、へへへと照れ笑い浮かべるバンダナのくそガキを前に、あまりにもひでぇ楽園らしい。
あーあ、やってらんねぇよ可愛くて。ばかやろう!


end.


傷付けたくない優しい狼のエゴと、なりふり構わない正直少年のエロ模様、でした。
ずっと書きたかったアホでガチでラヴ。

2011/12/20
[ 5/5 ]
  



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