愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない




あの天化がおとなしく腕の中にいるんだぜ?すげぇだろ!?──溢れるダチの痴話喧嘩ネタとノロケをよそに、出かかった言葉は飲み込んだ。あーあ、あぶね…。

自分の庭だと思ってた豊邑の街がいつの間にか少しずつ形を変えて、夜中の灯籠を灯す時期を迎えたらしい。なにが変わったって、一番は人物相関図な。アイツら別れたのか、あのへん良い感じなの、ケッ!はぁ?なにそれ!なんて、定例会議めいたそれをやりながら酒も話も進む訳じゃん?当然の男女入り乱れが、時間の流れに合わせて男数人にシフトした。つまりもう、下事情をオブラートに包む必要もない面子な訳で、言っちまえば天化より俺好みの陳腐な遊びを知ってる連中。それも妙な話だけどよ、天化にはなにも言わないし、聞かれてもきっと答えない。歴代彼女ネタもそうだ。あのときあのピンクな店でなんのオプション頼んだのかとか、ともすればそんな場所まで知ってる事情。知りたくなくても小さい娼館に同じ面子で入れ代わり立ち代わりで通い詰めたらイヤでもわかるってヤツだよな。いやまぁ、通い詰めるってのもアレだけど…。

発ちゃんは?ってのも何回か通りすぎ、
「俺の話はいいんだよ!」
「ああ、モテねぇもんなぁ…」
「モテねぇ癖に浮気すっからだろう?」
それで通っちまう俺もなんなんだか…。そう笑うそいつらに、いつの間にか護るべき嫁さんとその候補だなんて温かい存在が確立されてることにも、俺の心中は穏やかじゃない。俺には到底出来っこない、それは遊びたい俺のセオリー的キャラもあれど、置かれた状況もしかり、ただひとり、惚れたアイツの顔が浮かんだ。
初めて後ろから抱いた日だ。ひゃあ!なんて驚いて怯えたみたいな、それらしからぬ声を聴いた。背中の傷の少なさに俺は存外驚いた。そしてすぐ察するんだ。ヤツが面と向かってなんとやら、傷は男の勲章で、背中見せたら負けと思え──そーゆーヤツなんだってこと。
背中をかき抱きたい衝動は喉の奥に押さえ付けて、情けない性に蓋をした。背中に十も二十も足りないキスをして。
「発ちゃんよぉ、本当は惚れてる子がいるんだろう?うまくいかねぇってそんな顔してらぁ…」
零から百まで知ってる遊び仲間のその言葉に、もうどうにでもなりやがれ!っつって杯投げたのは半ばマジだった。こっちは毎晩大変なんだぜ!だってよう!もやもや瞼を閉じたあの天化が問答無用で浮かんできてさぁ、それに付随して傷の数も皮膚の厚さも、薄さも。触れたい気持ちと堪らなく切ない切迫した気持ちはいつだって比例して、俺には到底手に負えないシロモノになっていた。肉がまだ盛り上がんないだけ、ちょっと皮が薄いだけ、こっちは古傷さ。アイツはさも当然の如くそんなことを言う。痛くない訳ないだろが。一回一回人の古傷を聞いて回るようなことも、したい訳じゃない。怖くて出来ないでもない。
「今ぐらい、忘れられる場所があったってさぁ……」
イヤイヤするみたいに小さく首を振りながら俺の肩を掴む指とか、困りながら殺す声とか、緊張してるのか、震え続ける瞼とか。なにか怖いものを迎えるみたいにして歯を食い縛って絶頂をやり過ごすとか、ずっと堪えてた声を、その瞬間だけ待ちわびてたみたいに全開放するだとか、その"あああーんおうさまぁ"ってのが一番聞きたいんだとか、足の先がぴんって跳ねちまうから、そうなると俺もサイッコーにイイ具合なんだとか、ほんとはもっと泣かせたいんだとか……あ゙ーー!ダメだこりゃ、
「ゔぁぁーー」
「発ちゃん?」
「うあ゙ーーダメだーー……忘れられねぇー帰れねぇえよおぉ!我慢できねぇよぉバカヤロー!!」
遂に机に突っ伏したダメ男代表の烙印を捺された俺は、脳裏の消えない天化を抱いて酒を煽った。



だから仕方ないんだと思うんだよ。夢と現ってのは重なる様で切り離されて、いつでも支配されてきたはず。そうそう、だから仕方ないワケ。
あんなことを考えた続けた挙げ句、やつらに新人情報まで教えられて、心の中で中指突き立てて帰ってきたのが少し前。
"舐めるの上手いらしいぞ!慰めてもらえよ!"ってな。俺がそうされるのが好きだっつのは知った仲もなにも、嫌いな男はいねぇモンだろ?
懐にしまったピンクなチラシにはたわわな胸のプリンちゃん。うわ、あれ挟んでもらえそ…ああいや!そうかよ、そう……舐めるの上手いのかぁぁ……適度を超えつつある酒を抱いて眠った記憶はあったから、
「……天化」
いつの間にかぼんやり焚かれた香と月明かりを背負って脚の間にいる天化に、夢って都合良いんだなと思った。ゲンキンなもんだ。肩に小さい傷を幾つかくっつけた天化が、バンダナを解いて赤い舌を覗かせている──またとないシチュエーションに、まさに舌鼓を打った男のサガで、天化の髪を撫でてみた。やっぱり小さく震えながら、息を飲む隙間もないぐらい口の中を俺でいっぱいする姿に、俺もあっという間に呑み込まれてく快感の渦の中。
「なんで舐めてんの?」
聞いても答えられないだろう口が、もごもご妖しく蠢いていた。
「もしかして好きとか言う?」
「んー……うん」
照れた首が縦に振れる。ああ、やべぇなこれ……たまんねぇ……。すいた髪が汗ばんだ指に絡んで数本抜けた。そうそう、
「……ん、気持ちいいさ?王サマ」
「おう、すげーいいぜ…」

こういうのを聞いてくれるのもお約束ながら、答える俺もお約束。俺の言葉に気をよくしてくれたらしい夢の妖精天化ちゃんが、愛想と色気を振りまきながら一層盛り上がり出した。止まらない。俺のことはくわえたままで、いかつい右肩をすくめて黒いレザーを落としにかかるのを、少しだけ手伝った。月明かりを背負って、冬の匂いがする髪を振って。
「……ッン、」
あのいつもの表情より増した妖しい扇情的な唇で、ヤツは息のどんどん速度を上げていた。堪らない、みてぇな表情で身をよじりながら、何度も硬く唇を結ぶのを感じて、俺はまた髪を撫でる。熱い触感の傷の見える肩を揺らせた。チクチク痛む良心、膨らむ快感、天化が喉を鳴らす音。不意に意識が絶頂に引っ張られる。ああヤバい、──……最高かも。だってあの天化がだぜ!?
天化が、天化が!まさに夢にまで見た天化が!
またとないだろう絶景、ヤツは例の少し困った様な顔をしながら、三度身を振っていた。"足りなくなっちったさ、王サマぁ…"てヤツね。
「あー、天化、もうちょい」
「……んんっ」
喉で"了解"とか答える天化は、史上最強のエロい目を見開いて俺の目を見上げてる。王サマ、って合間にあの声で言いながら。
「…っく、あぁ…」
硬い舌先につつかれてなんとも情けなく声を上げた俺に、更に気をよくしたらしい。この辺さ?なんて、真っ赤にふやけた唇がある。込み上げるのは愛しさと快感と、うわっ……ヤバい……ヤバい!
「そこ、あ゙ー…そこは、手でいいからさ、こっち!」
だめだ。未だ根強く張ったつもりの理性の琴線は、もう散り散りになっちまってたらしい。気が付く暇もない程の速度で力のままに天化の肩を掴んでいた。
「へっ?ぁ、お、ぅさ」
「……天化!!」
「──……ン゙!?」
あれだよ。喉に擦れる熱い感触に、数度腰を打ち付けた。そうそうこれ、これが好きなんだ凄く。何年か前に怒った相手にオプション超過料取られたりもしたぐらいに。それを天化とだぜ?驚いた声もすぐに順応して、舌の熱さが絡み付く。意地らしくて堪らない唇をすぼめて、傷だらけの背中が反り返る。なぁ、夢ってなんだってこう上手く出来てんだろう?頭の片隅だけ他人事で、この年で朝イチに下着汚すのはかっこわりぃなーなんて思いながら、だ。思わず腰が跳ねちまう程強く、天化の舌が絡み付く。
天化、天化、天化……──
「天化っ」
堪らず四度目の腰を打ち付けて……そう、最初のキスの時よりでかい目で、潤んでるのに挑戦的な目で、腫れぼったい舌と唇。涙袋に溜まったそれが目頭で小さい粒になってる。落ちるか落ちないか瀬戸際の不安定なまん丸加減で──……あ?俺、目を開いた天化を知ってるか?え……?

「うっ」
「ん゙っ!?んンッ……!!」
待ちに待った凄まじい快感が、真っ赤になってむせかえる天化の姿に凍りついた。

──う、嘘だろ……!!

「うわ、は、吐けって馬鹿!んなの飲まなくて…」
「いやさッ」
小さくどころか、力強く大きくはっきりイヤイヤした後、ごくりと喉を鳴らす音がした。うそ……
うそ?
うそな訳ねぇだろ…!
知る訳ないんだ、あんな目の天化も喉の感触も!!夢な訳がねぇんだ俺の馬鹿……──!!
「天化、ごめ」
「女にするみてぇななまっちょろいセックスしてんじゃねぇさ!!王サマの馬鹿!!」
言いかけた唇が怒涛の唇で塞がれた。そのまま腹にのし掛かる天化を止めようにも、押しても引いても敵わない。息のつく暇もなく洗礼の如し口付けは続く。
うわ…なまぐせぇしベタベタ……まっず!最低だな俺……。

押しても引いても敵わない。塞ぎ続ける天化の顔は、見ようにも近すぎて見えやしなかった。ただ力任せに絡ませてくる舌が、意地らしくて仕方ないことだけははっきりそこに事実として横たわる。だから俺も横たわる。無我夢中で抱き締める、すがりつく、を繰り返してるらしい天化の腰のくびれを抱きながら──訳がわかんねぇ…何処からが夢で何処からが現実か。なんでもっと早く気付かなかったんだろうなとは、思ったけどよ。
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