スクラッチ(*)




「スクラーッチ!」
「クラーッシュ!」
「「イェー!!」」
覚えたての合言葉が生まれたのは、期末テストに入る頃。
「発ちゃんたちなにやってんの?」
クラスメイトの興味の目も、
「ちょっとな、ゲーム?」
知らず知らず笑顔で他を立ち入らせない様にしていたのも、
「すげーハマっててさー、」
気には止めなかった幼いえっちなお約束。口止め料は、ペプシかファンタか、月曜日ならジャンプの日。そんな程度の内緒の約束。

「――……っん」
触れるものが、互い違いの右手だけじゃなくなったのはいつからだろう?
胡座をかいた発の上に、膝立ちで跨がる天化の構図。擦れて触れあう甘ったるい疼きの正体が、次のテストに出る訳がない。
「…はぁ」
堪えながら吐き出される発の息が色っぽく艶めき始めて、イライラしたのはいつからだろう?
「っうサマ最近、ちょっとでかくなったさ?」
「だろー?あたり前じゃん」
幼い会話は相変わらず、
「天化」
呼ばれた名前に込み上げるなにかがあったのは、いつからだろう?
「……っぁ、んふ」
閉ざされた天化の唇から漏れる吐息にヤキモキしたのはいつからだろう?
「ここ」
「…ッ」
触れると首を振る場所を見つけると嬉しくなったのは、いつからだろう?

眉を寄せて耐える顔と、鼻先で香る湿った息と、二人で寄せ合うそんな場所が、勝ち負けよりしくしく痛くなるようになったのは、

「……っん、か」
鋭く撒いた言葉と抱き締める腕の快感に堪らなくイライラしながら、安心して後を追ったちょっとえっちなお約束。

「……なんか言えばー」
ふかふかのベッドの上に寝転んで久々の黒星にふて腐れた背中が言うから、ペプシだなんて言いたくなくなる。相変わらず中途半端に制服は着たまま、ズボンを汚さないだけの知識と経験値は積んだハズ。
「……王サマ」
「ん?」
「じゃ、俺っちファンタね」
「…グレープ?」
「うん」

負けず嫌いはドコからドコまで負けず嫌いなんだろうか。
言いかけたワンモアは突き刺さる炭酸と一緒に飲み干した、もうじき蝉も鳴く季節。

――いきなりすぎる。確か初めてのあの船出の日に天化が発に言った言葉だ。
「だからね、前から天化のこと好きなんだって!」
いきなりすぎる。そんなこともそりゃー考えはしたけど今じゃないのに。教室で俯く女子とその友達と、
「それとも他に好きな子いるの?」
一学期最後の給食終わりの教室なんていきなりだ、あんまりだ。
「俺っちそーゆーの、興味な…」
クラスのそこそこ可愛い女子の何人かから向けられた攻撃に、
「ひっどい!最低だよ逃げるの!?」
「逃げてねぇさ!!」
こと負けず嫌いな子犬の遠吠えは、すっかり遠くまで響いたらしい。
「サッカーやるヤツ!今日グランド空いてるぜ!」
いきなりすぎる後の声に驚愕した。そもそもサッカーなんてするヤツじゃないだろう声が、イライラ椅子を引き摺ったから、――それっきりなんの言葉も覚えちゃいない。
背中合わせに張りつめた夏の匂いは、じめじめ湿って覚えているけど。


「知らねぇの?お前ら仲良かっただろ?」
「まぁ人生色々ってトコさね」
とっくに空のバーボンのボトルを抱いて、薄暗い広いホールのカウンター。所謂同窓会の招待状が届いたときに覚悟はした筈。クラス替えの大イベントに受験卒業進学の一世一度の大勝負三拍子が残した二人の爪の跡は、あれっきり。
「発ちゃんおせーなー」
10年経てば時代は変わる。ハガキの角の幹事の名前がソイツだった時点で、なんとなく勝負な気はした、のに。一月前のこどもの日に。今日はまた梅雨だ。
「聞いた?今期で社長だって、発ちゃん」
「ああそりゃ来らんねぇべ。そもそもなんだって今さ?」
「あれじゃね、ジューンブライド出費に嫌気さしたから」
「ああー…」
返事もそこそこ、傾けたグラスに口笛が飛んだ。

あれっきり。
「うーわ、お前ファンタじゃねぇの!」
あれっきり?
「……王サマこそペプシどうしたんさペプシ」
ヒーローは遅れてやってくるものなんだっけ。嘘だ、少なくともヒーローの訳がない。

人混みに息を切らせたスーツが埋もれた。

「聞いてねぇー、煙草かよ」
「ああ、あんた吸えねぇさ?」
「吸えなかないけどその方がモテんだぜ」
「出たさ口だけモテ論」
「きなこ棒、うまい棒、チュッパチャップス――で、煙草の流れ?」
「チューベット忘れて貰っちゃ困るさ」
「アホかさかのぼりすぎ!」

なんでだろう、どうしてだろう?
あれっきりだった悪友の会話が続くのは、そもそもコイツは悪友か?回り始めた周囲の会話に、まだ目が合わないのは二人だけ。調子いい会話だけ、ぽんぽん山のように溢れ出すのは、――なるほど、それが過去だからか。
懐かしんで揶揄するだけの、オトナのヨユウ。
「…っぶっは」
「うわッ!!」
思ったらおかしくて堪らない。
「びくったー…吐いたかと思うじゃん」
「そんな弱くねぇさ」
「あーあ、まだ負けず嫌い健在ってか」
「飲み比べ行くかい」
「まぁな、会費だし」
「よく言うさ、金持ってる癖に」
じめじめ、あの日の部屋の湿気に似ている。
「ばっか俺の金なんてねぇよ、皆無だ皆無!」
「そこ威張るトコじゃねぇ!」
囲うクラスメイトの会話にだってそこそこついていっている、笑顔だって作れてる、なにも変わったことはない、
「発ちゃーん!なぁ三次会ってこっちでいいのー!?道どっちー?」
先を行くクラスメイトの興味の目も、
「あ゙ー?いいっていいっててきとーで!いっとけーぇ!」
知らず知らず笑顔で他を立ち入らせない様にしていたのも、
「ダメさ王サマすげー酔っててさー、」
気には止めなかった、酔っ払いのお約束。
「スクラーッチ!」
「クラーッシュ!」
「「イェー!!」」
幼いえっちなお約束。
「また言ってんのお前らー」
相変わらず、の声は随分声変わりを遂げたけど。笑い声にどよめきながら、夜道に広がるクラスメイトの群れを見たのが最後だと思う。

「ばかっしょ」
「凝りねぇな俺ら」
「スーツ汚すんじゃん王サマ」
「ないない、そんな経験値低くねぇ」
横断歩道の白だけ踏んで、飛び跳ねて、鬱血した吐息にさかのぼるホテルの一室で、かっこつけのニヤリ笑いに無邪気な子供のハニカミ笑顔――にしては、挑戦的に咥え煙草は離さない。
「天化ってなんにん?おんな」
「あー、2.5てトコさね」
「うお、リアル出したなソレ。マジすぎるだろ」
引きちぎるように下ろすネクタイに脱ぎ捨てるズボンに、不思議とあのイライラはなかった。
「……天化の癖になに剥けてんだよ」
「今被ってたらそれこそまずいべー」
「うっそー、剥いたの誰だー」
触れたら揺れる筋肉質な肩の成長も、それほどヤキモキしなかった。
「王サマもう完勃じゃん」
「ああ、なんかこの高度久々かも」
「あっちゃー今からそれってどうなんさ?」
「しょうがねぇじゃん忙殺されそうなんだぜー?」
大人になるってなんなんだ。湧きに湧いた頭で考えることは、みな一様に使えない。それは最近わかっちゃきたのに、それ以上にはわからない。あの日と同じ、湿った吐息にじめじめの部屋。ホテルのベッドはみな一様に回ると信じていたあの頃より、当たり前になったそこそこのホテルのベッド。憧れたのは、惚れた彼女相手か美人とのアバンチュールの筈なのに。
「早漏治った?天化ちゃん」
「黙るさそこのバカ」
なんの合図も決めてない筈。減らず口を叩きながら自然と動く両腕も、軽やかに響く摩擦音も、少しだけ止める息も寄せる眉も、噛み締める奥歯も同じ筈なのに。
「…王サマって、彼女いるさ?」
「……別れた、割と最近」
「フラれたんかい」
「…そうかも」
「へー、」
目前の鼻先と鼻先が、触れそうな距離がいい。
「…っつ、ァ」
湿った部屋で漏らした声に、発の目が細くなる。

この声を聞いて、ずっと昔、発情の意味を知った幼い日。

「治ってねぇんじゃねぇの?」
「そっちこそ」
「っるっせぇなー」
軽口と一緒に吐き出す最後の音に、天化の腰が微かに揺れる。

その吐息混じりの顔を見て、ずっと昔、入り混じった嫉妬の意味を知った幼い日。

雨の叩き付ける音。じめじめ鬱血したあの日も今日も、同じ雨が降っていた。言える訳がない、炭酸で濁した意地っ張りと負けず嫌いはドコからドコまで許容するんだ。みな一様に使えない。まったくもって使えやしない。くだらなくって、馬鹿馬鹿しくて、好奇心の塊で、その手のことが大好きで、子供で、

「…天化」
呼ばれた声に顎を上げて、唇が絡まった。
「……うん」
笑う暇はあったかなかったか、また唇が絡まった。舌が追いかけ出したら止まらない。

あの日と同じ雨のが降っていた。
初めて触れた温かさに酔いながら掻き抱いた背に擦れる甘みに、唇は塞がったまま。少し高い背と低い背が抱き合ったまま震えて動かなくなる。
「……ぜんっぜん進歩ねぇさ」
「お前やっぱ早いじゃん」
「人のこと言えないって何回言ったらわかるんさ」
「あー、でもさ、……きもちよかったよな」
「……うん」
変わったことは、それなんだきっと。
ふて腐れの照れ隠しと負けず嫌いの唇が、尖ったまま重なるコドモでオトナの船出の日。鬱血した呼吸が爆笑と唇に消えた。


end.


2011/06/05
[ 2/2 ]
  



短編目次へ


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -