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触れていること、観念したらしいお人よしな軽口叩きの唇が名前を呼ぶこと、髪を撫でる手が熱いこと。嬉しいことに嘘はない。嫌なことを見ないだけ、じゃなきゃ損だ。

必ずしも100%クリーンな訳がないレンアイなんて。
そうじゃなきゃこの目の前の女タラシはとっくに違う意味でつぶれてる。
なぜだかそこに照準を絞ってしまった天化だって、とっくにつぶれてる。
身を以って知った、21も少し過ぎた酔っ払いの馬鹿馬鹿しいラブホテル。

「……てんかっ…」
「…っつ、やっぱ正直さ」
見下ろす目と唇を離して見上げる目。重なる重ならない、後者。
「ま、んつった?」
「……ふ?」
「今」
きつく寄せた眉に閉じかけた瞼。荒い息。――発の、そーゆー顔。
「……つ、はつ」
見たかったその顔に昂ぶる期待に切なさに、ただ触れたくて。きつくきつく口中で吸い上げたのが断末魔。
「――ぅっ、く……!!」
鼓膜に響く発の振動。口内で広がる熱に振動に、跳ね上がる胸と期待と正直な天化と。

「……ごちそうサマ」
わざと笑って舐めた唇。
「なーんか…マジで奪われちゃった感ありすぎる……」
脱力の四肢がへらりと笑う。
「思ってないっしょ」
「尽くすタイプなんだか奪うタイプなんだかどっち?」
「ちょっと待ってて王サマ」
噛み合わない酔っぱらい二人の上気した肌。また向き合って座ったまま、左手一本を首に絡めて発を引っ張る天化の眉が、ぐにゃり歪む。
「……っと、すぐできるから」
待ってて、王サマ。
唇の隙間から漏れる声。自分で背後に回した右手の指が数本、呑み込まれて消えた。
「天化ー」
「んっ…?」
肩に乗せた顎が揺れてずり落ちて、瞑った瞼と額の置き場。上がる息、震える声、痺れる身体。すがる指。
「それって」
「ふっ…も、ちょい待ってて」
「俺も手伝っていーモンなの?」
「へ…」
答える前に猛スピードで世界が回った。
「う、ぁッ…!!」
弾みで抜けた指に間抜けな声に、
「マジで入る?だいじょぶなのかよこれ……」
組み敷くひと、入れ違いの焦がれた指、組み敷かれたひと。
「…っいじょぶさ」
一気に最上級に昇った鼓動と今更の羞恥と確認と、
「やっぱ王サマもせっかちさ」
反射で顔を覆った腕の間から覗き見て笑う。
「ひと、のっ、こと…言えな…っしょ?」
「んー、そうだな…」
甘美な濁流に呑まれながら見たその人の顔は、きっと一生忘れない。
酔っていて紅くて、真剣で優しくて雄でせっかちで、本当に本当に酷いくらい不慣れで優しい。
「……っん、あ…王サマ」
「だからさ、ソレ」
「ああ…うん、"発"…?」
言ってゾクリとした。駆け抜ける音速の快感と彼の指。
「ふ…ぅ、はつ、って」
喋らない動かない口。ああ、このひとはこーゆーときには喋らないひとなのか。納得するドコか。寂しいドコか。
「イメクラ好きさ?」
「…どうだろ」
それだけの簡素な動きの上唇。額を隠す長い前髪を左手でかき上げて、指が絡むのをただ眺めていた。その眉が歪むのも、荒い息も、"好き"じゃなかったらなんなんだ。苦しいほどの快感が、優しくて痛い。
「なぁ、痛くねぇの?」
「っから、だいじょぶさ…」
「だってすっげぇキツ…」
言いかけたその頭をに手を伸ばして、触れる、触れない。……後者。掴んだのは腕。
「てんか?」
「きもちいいだッ、け、だから」
「あ、え、そう?いいの?」
「そーゆーのオヤジくさくてしらけるさ」
「うっせぇ」
やっぱりいつも変わらない。そのカンジが良くて。
「……んなコト言ってばっかだからケータイ折られるさ、おひとよし」
「いつもなんかしねぇよ」
跳ねた胸。
どう言う意味で?男相手がハジメテだから?
せり上がったアルコールの熱さと苦味と快、不快。欲しいだけ、言いたいだけ、好きなだけ。
「…はつ、もっ、いいさ」
伸ばした腕が引き寄せた黒髪の頭。ただただ熱かった。
「も…俺っち我慢で、きないさ…ぁッ」
一瞬迷っただろう唇の動きが、隣り合わせた頬の筋肉を伝う。それ以上の軽口の余裕がぐるぐる回って吹き飛んだ。

「…っ…無理!ちょ、天化キツイって、入んねぇ!」
「待っ、う……いいさ…」
「どっちだよ?」
気遣うのに待ちきれない声が頬を伝う、荒い息と共に。
「……ち、から抜けな…」
それが快感故にだと、きっと肌で伝わった。さっき髪をかき上げていた左手に撫で上げられる痺れと待ちわびた鈍痛と衝撃と、重なる短い浅い呼吸。
「ふ、ぅあっ…あ、あ、あっ…」
「…化」
てんか、天化。
囁く耳元の声。嘘は言ってない。なにひとつ。
「はっ、つ…んあっ、ふうぅッ…」
「……気にしてる?」
「…なに…?」
触れる頬と揺れる肩。掲げた脚にぶつかる熱に、撫でられる頭。しがみついた首。顔は知らない。
「や、さっき俺…声デカイとか言ったし…なんか我慢してねぇ?」
「……――ッ」
決壊の合図みたいに優しいおひとよし。声が壊れる音。身体が欲しがる音。ただ繰り返す名前と母音と鼻濁音。
「……馬鹿さあーた!!」
「はっ…なに?なんで?」
「…聞く、からさ!そーゆーの……ッ!!」
「俺のせーかよっ」
「王サマの野暮!」
「っとにもう…かっわいくねぇな――!」
「…うあ、ンっ…はつ」
馬鹿馬鹿しくてしがみついた肩に背に、引っかこうと目論見た三日前の深爪は、力の限り白く鬱血を繰り返す。名前と共に揺れて昇る。ミミズバレすら残せないなら笑うしかない。
痙攣と収縮の繰り返し。見えない顔が気配でわかる。触れたいだけでそれだけで、
「こーゆーときはよ、お世辞でもイイとか言っとけっつの」
「発、はつ、いい…!!」
「……ばぁか、今頃気ぃつくなって」

へらりと笑うタラシが好きで、なんでよりにもよってこんなヤツ。
あの人との時間を止めてまで、つけ込まれる軽口のバカなお人よしが好きで、こんなのは卑怯で嫌で――張り巡らされた予防線の中で、ハジメテ昇る想いもあって。

身を以って知った21と少しのこの日。

好き、嫌い、好き。
いる、いらない、いる。
触れる、触れない、違う。触れたい。触れられない。
振り切れたメーター、パーセンテージ。きっと言葉がいらないくらい、ただ触れたくて欲しかった。

「……てんか」
耳元の声が、
「っつ、んッ、俺っちもういっ…」
「あー、もー…ちょい待っ」
「ダメさぁ、あ……イ、キたっ、ぁ、発…」
振り乱した髪が目に刺さる。濡れた額が割れそうに痛い。
「ひゃ…あ、あ、ふ」
必死に堪える決壊と、追い討ちをかける鎖骨に触れた甘美な唇。
「…我慢できなっ、ん、も無理ッ、さぁ」
「てんか、天化」
「はつ、はー…っぁ、あ」
「天化……!!」
重なる声に、指先が絡んだ。それだけで。
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