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「てんかーぁ、なぁ、なんか使う?」
安く光る部屋の中、ハジメテのじゃれあいに笑う酔っ払い一人と目の前の物騒なオトナの自販機と。
「てーんーか」
「いいから」
酒と少しの汗と香水と発の匂い。抱き締めた背中は思ったより広くて腰がざわめく。一瞬だけ身構えたその肩に埋もれた口が言う。
「そんなのいいからはやくして欲しいさ」
「わーったわーった」
ほんっと待てねぇんだー、天化って。なんて笑うその声が、一番欲しくて待てなくて。振り返って優しく掴まれた両肩に全身が震えた。

「……はー…」
ジーンズ越しに掠める右手に、ゆっくりゆっくり吐き出した息が止まる。乗せられ通しの顎にかかる体重で軋む発の左肩。首には天化の両腕が巻き付いて、膝が揺れた。そのまま発の襟足を堪能する指。焦がれた手のひらに思わず擦りつけた熱の摩擦に、左肩が苦笑した。
「ほんとだんだけ溜まってんだか」
「いちねんぶん」
「正直っつーかさ、ちょーかわいい!天化あいしてる!」
「俺っちもあいしてるさ王サマ」
かわいいなぁ。
付け足した声は、知っている。酔っている、二人共。
「だいすき」
「ちょーすき、かーわいいの天化」
「王サマもかわいいさぁ」


溜め込んだ。
生理的には2日だけ。物理的には1年分。想いだけなら2年間。
「天化」
「……ッ」
震えるのは鼓膜と肩と首と膝と、2年引き連れた好きと欲と。強く握った手のひらが、欲しくて熱くて堪らない。
「ん?…ああ、」
「…なんさ?」
「天化」
囁きに震える。
「好きだろ、名前呼ばれんの」

――なにが込み上げただろう?楽しそうに言うその軽口もみんな知っていて、欲しくて、ずるくて。

「んー、好きかも。淫乱だから俺っち。」

ウソは言ってない。ひとつも。

「…だから早く触って王サマ……」
「……ぉっ、」
首に両腕を巻いたまま脚の力は抜き去った。重なるよりずっと勝手に巻き込んだもう一人。沈むベッドのスプリング。見上げた天井は壁よりずっとシンプルで安っぽかった。鏡でもついてりゃ面白いのに……思う余裕があるのが妙に馬鹿馬鹿しい。
「えーっとさ、なんだ、その…」
「……なんさ?」
ファスナーに手をかけたまま、耳元の声が迷う。
「いつもするカンジ。で、いーの?こう…」
わかりやすく上下して見せる空の右手と酔っ払い。
誰が?誰に?
思っただけで胸に膨らむこの物質が、わかるならだれかどうにかして欲しい。うん。小さく呟いて頷いた。半分だけ不恰好に引き下ろされたジーンズがもたついて絡まって狂おしい。結局色気なくバタついた天化の脚に追いやられたベッドの下の服の亡骸。

「……っん、」
声が漏れる、閉ざした筈の唇の隙間から。見えない顔は天化の腕が緩まないから。見たらきっとその先がないのを知っているから。肩に埋めて触れる隣の頬は、きっと酒で紅くて、だから熱くて、妙に幼く恋しくて。
「王サマ……」
「…どうよ?」
「もっ、…イキたいさ」
単純に上下する右手の熱さが堪らない。鼓膜に伝わる水音は、たった一箇所の音源から沸き上がって冷たくて熱く狂おしい。
「王、サマぁ…」
指の腹で優しく押された先端に、思わず漏れた情けない声。昂ぶってわだかまって背筋を走る。
唇は無意味な隙間になるだけで、待ちわびないルールも知っている。濡れるようなキスが出来たらいいのに。
「まだ1分も経ってないだろー」
「っから、溜まってるって言ったさッ…」
「ほんっとせっかち」
耳元の声が、
「あっ、あ、」
「天化って」
追い上げるから。
「…ぅサマっ…、は、ぁ」
「もーちょい待てって」
苦笑しながらもぎこちない手が狂おしい。天化の頭上で天井が回る。
「俺のカンジでいーんだろ?」
「……っぅ」
「俺そーろーじゃないもーん」
「っさい…」
息が出来ない。早くはやく、解放されたくて高まって、もったいなくて、終わらないで一生。わからないなにも。ただ発が、触れている。嘘は一つも言ってない。誰もなにも……――
「…ぁ、ふぁ、発、はつ…」
しがみ付く腕が足りない、それだけじゃ。右のふくらはぎが発の左の膝の裏を捕まえた。

「レアだな、それ」
「…ふっ、ぁ…名前?」

「おー」
「呼んで欲しいさ?」
「あー…うん、なんかいいかも。」
ワンテンポ遅れたそれに目の前が見えない。待ちわびた天化の太腿が、笑いながらそう言った発の熱に気が付いたから。
熱い。
ただそれだけ。
「…はつ」
呼んだだけ。それだけ。左の太腿の上で硬度が増した。それだけで。
「はつ、…イク、もっ」
構わず振った首に髪に、耳元に、
「てんか」
そうやって追い上げるから――。
「あッ、発、うぁっ……――!!」

目の前がチラつく。小さい痙攣で白い。広がった白い世界と発の声と、遠い意識。

木霊する絶叫にも似た歓喜の声は、回って絡まって重たく落下した。いまだ腰の寒気は治まらないまま。
「……天化」
「…っにさ!」
「え?あ、あーいやーべつに……」
不意に耳元に触れた甘い唇の感触に、跳ね除けた重みと戸惑う主。余韻に浸ったままの腰を引きずって、起こした発の腕を取る。
「天化の声デカいなーと思って」
「……だから言ったっしょ」
「はーぁい、溜まってたのな」
「……んー」
「かわいいなー、素直天化ー」
交わす軽口はきっとキスよりらしいと思う。
「よしよし」
左手で撫でられる頭は今日二度目。
「てんかー?」
余韻に浸る頭の隅のその声がいい。
「…んー?」
「ちゃんと全部出た?」
コドモに言うには物騒なそれが、あやすような声で堪らない。
「……んーん、足りないさ」
向き合って座った発の左肩は、この数分ですっかり定位置になった天化の顎置き場。
「しょーじき」
噴出した発の頬と拗ねた天化の頬が隣り合って触れる。
「王サマだって」
「え?」
「身体はしょーじきってこーゆーときに使うんさねー」
「いや、俺はいーって……」
姿勢はそのままに触れるより乱暴に掴んだその熱が、さっきより低い位置にあるのが胸に痛いけど。
「天化?きーてんの?」
「なんでさ」
会話が成立しないのは、知っている、酔ってるから。
「……うっ」
思わず飲み込んだ発の声。噛み殺した唇の隙間が微かに震えて、それだけでいい。心の奥で、ゴメン。小さく詫びた自分がおかしくて、流される優しいこの人が、"好き"じゃなかったら一体なんなんだ。触れたい。誰も嘘は言ってない。
「天化」
勝手にジーンズをくつろげにかかる天化の手を、咎めようとして迷う。嘘はない、結局名前を呼んだだけで。
「……王サマ」
「んだよ」
「なんで萎えるさ!」
「いーうーなー!しょーがねーだろ飲んでんだよ!」
それはとっくに知っている。わかってる。
「――んじゃもういいさ、」
「あのな、もうっておま」

言いかけた発の言葉は遮った。発自身の吐息が全部。

「…ちょっ、天化!」
「ん?」
目が回る。わからない。今度は発の番。
躊躇いなく口内に飲み込まれる快感は、まるで他人事のように聞き返す天化の目に増幅しただけだった。そのまま。
「……おっまえなぁ…っ」
それ以上続かない言葉に込み上げる嬉しさは、ざわり。天化の腰にまた宿る。
「おかえし。キモチよくしてやるさ」
「……あーい」
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