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置かれてすぐに斜向かいから引き寄せた青いグラスの液体が、干からびた天化の喉に焼き付く。手のひらを冷やす小さな水滴がびっしり痛い。
「……アレはさぁ!」
「んー…なんさ?」
「あれはいくらなんでも酷いと思う!」
「そりゃー」
引き寄せた意識も追っ払ったイロイロも、まっぷたつのケータイに戻された。
……大好きな筈の隣の声に。
「だってちゃんときっちりと別れてた!」
「はいはい」
「つーか八つ当たり!」
「ヤマシイからっしょ」
「…ましくねぇよーぉー」
また沈黙の懲りない頭。
「王サマー?」
「死んでねぇ」
どうしてこんな情けないヤツの隣にいるんだろう?思ってみても今更で、また喉を乾かす青い酒にひきつった。
「まだ頭金しか払ってねぇし!2週間だよーひでぇよー」
「はいはいひでぇさ」
「……天化ちゃん冷たい」
随分前に直談判でキッチリ別れた筈の元カノジョ。ふわりと巻いた栗色の髪と、いっそ笑うしかない鬼の形相は天化も共に見届けていた。
「いちいちぜんぶ付き合ってんだから優しいさ?カンシャされてもいーぐらい」
「ひでぇ…」
「あっちの彼氏出てこなかっただけましってトコさ」
「うー…俺のローン返せぇぇ…」
「保険入ってるっしょ?修羅場ったら王サマ勝ち目ないし」
「……そりゃそうだけどよ」
婚約が決まったタイミングで発覚した元二股相手のタラシがここにいて、キャンパスの門で待ち伏せた1年越しのとばっちりは、お付き合い暦2週間のケータイが受け止めてくれた。それがコトの始まりと終わり一部始終。それからたった数時間。
溜息以外になにを出せばいいのやら。
「きっちりって言う割には後腐れててさ、王サマっていっつも」
「……」
隣の頭がいよいよ動かない。酔いとそれなりの反省と、ローンのショックとマジなショックと、
「……ばっかやろー女なんてー!」
始めて聞くそんなコトバに、隣の垂れ目の奥が光った。痛くて痛くて、きっとこんなやり方は好きじゃない。
「もーぉ一生イラネ!」
「……珍しいこともあるもんさね」
「だってよぉ!俺ちゃんとハナシしたって!」

ソレはとっくに知っていた。
次から次へと落ち着きないタラシな隣のソイツが、ちゃんと落とし前はつける人だということも。
割り切れる強さも。
あまりにエアリーな言い回しとフットワークを隠れ蓑にして、それがみんな誤解されてばかりな人だということも、実は柔らかい人だということも。
そんなトコロにつけ込まれる人だということも。

大学入学からこっち2年、……ずっと見ていた彼はそうだったから。さっきの相手だって、発にとっては二股じゃない。騙してたのは向こう。
天化の胸の奥深く、ざわり蠢く小さな欲望。可能性。
「…天化ってさぁ」
遮ったのは発の声。
「んー?」
「……あー…今日だっけ、彼氏と別れたの」
跳ねた。胸の奥。
「…なんでさ」
「いやぁ、だってホラ、んー……すげぇ言ってたから」
眠たそうなその声が鼓膜を震わす不思議な時間。無意識に目を擦った天化の右手は、また冷や汗の水滴に覆われた。
「わかれたさぁーって…朝イチでさー、なんかすっげ覚えてんの」
「そりゃどーも」
「…ってか未練ありそーでなんか危なっかしいしよー、もー…見てらんね…あ、え?あれ?なんで別れたんだっけ?」
「性の不一致」
「そうきたか」
「嘘さ」
「わかりにく…どっちだよ!」
笑い声。酔いは回る。時計が回る。
「ゲイの人って」
「うん」
「やっぱマッチョ好きなのかなーって」
「人によるっしょ。王サマの巨乳好きと一緒さー」
「なんだーぁ、ん?元彼は?」
「あー、高校のバスケ部のセンパ…OG」
「やっぱマッチョ系じゃねーの」
「その辺別問題」
「んー、そかそか。」
眠たげな声。回らない頭。
「王サマって」
「…んー」
「ハジメテっていつさ?」
「んぁ、じゅうごー。キレイなおねーさんに奪われちゃったーぃ」
へらりと笑うその声が、どうしてそんなに欲しいのか。
「天化ちゃんはー?」
「じゅーろく」
「おーお、若いな」
「奪っちった」
「それその元彼?」
「うん」
「…ん?って天化ってどっちよ?」
「抱かれるほう。」
「そんで"俺っち待てましぇん!"的な」
「……まぁ、コーチ初めてじゃなかったし」
「かーわいい」
「そうさ?」
「うん、もぉ超かわいいマジかわいい!」
酒が回る。想いが回る。
季節が巡って一年経って、よりにもよってどうしてこんな女好きに、男の自分が。散々追い回した疑問符を、グラスと一緒に傾けた。初めての角度で飲み込むソレは、酷く乾いて痛かった。
「…王サマー」
「んー…」
机に投げ出した両腕と、顔を隠す黒い髪。
「俺っち慰めたげよっか?」
「おー…ん、え?」
表情はわからない。途切れたその口が酔っているのは知っていた。続けるその口が酔っているのも知っている。
「俺っちオンナと違って後腐れないしさ」
「おー…?」
「たまりすぎててつまんねぇしさ」
「おう」
「王サマ奪っちゃっていー?」
「ナニかーわいいこと言ってんの」
持ち上がって笑った顔がつけ込まれる彼の顔で、酔っていて、
「えっちしよ王サマ」
「なんだよもう!よっしゃーぁかわいがってやろーじゃん」
躊躇いなく笑うから。ひひっ。イタズラっぽく笑い返した。
「王サマあいしてる!」
知っている、意味はないこと。ハジメテそんな意味で撫でられた頭が熱かった。喉に焼け付く最後の酒を飲み干して。


「王サマのお城さーぁ」
「あっははつまんねぇのー」
飲み代がどうなったか覚えていない。チカチカうるさいピンクのネオンがそんな気にさせるんだ。きっとそう。
「わらってるさ」
「んーそうだっけ」
「あたま死んださ?」
「アホか、超生きてる!」
絡まる足は千鳥足で、キャッチボールはとっくに無意味のループで回る。そう言えば、記憶の断片のケータイはいつの間にかどこかに消えて見えなくなった。バカ笑いで肩を組んで入る安すぎる城は、きっとお似合いなんだろう。――コレが最初で最後なら。
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