キスの場所で22のお題 3、瞼(*)




仄ぐらい月夜は妖の者が地から這い出す時間である。そんなことを判らぬ少年ではなかった。いくら体力と剣術に重きを置いた仙道であれ、仙の師に遣え付き従い学ぶ道士である。

黄天化とは、"道士"の名に対するステータスを欲する男でもなく、ただただ、強くなる為ならば、ただ彼の一人を超える為ならば、いくらでも道士としての知識も見識も欲する少年であった。それを
「へぇ、なんか意外だな。体力バカの脳筋かと思ったぜ!」
そう感嘆とも揶揄ともつかない言葉で評したのは、姫発というたいして年も変わらぬ君主である。

何度も反発し合えば解り合い、解り合えばまた別の些細な物言いを揚げ足取って転倒させる。そんな野蛮な、しかし何故か穏やかに、兄弟のようにあたたかで、主従と呼ぶには些か不謹慎で、親友と呼ぶには何かが足りない──二人にすらわからない曖昧な関係を続けて数年。答えは簡単に舞い降りた。


妖気を防ぐ簡易な結界を張った主の部屋に、朝陽の恩恵が注ぐ頃。長椅子で膝を抱えて微動だにしなかったはずの護衛の少年は、部屋の中央へ横たわる君主の腕の中へと居場所を移した。

執着だと気が付いたのはどちらが先だったか。好きだ、と天化が名を付けた頃には、堪らなく狂おしく、ふざけることすら忘れて肌を奪い合っていた。欠けたものを補うように、互いの欠片を奪うように。満たすように。不思議な心地がする。


甘ったるく爛れては、悲しいような幸せの、なんとも名状しがたい二人の時間を、おあつらえにしては小さな部屋に張った簡易な結界の中で廻らせる。まるで時が止まったかのような甘美な錯覚の中、
「ん…」
陽の光に瞼を持ち上げた天化は、まだ起きぬ発を起こさぬように身じろいだ。昨晩泥のような甘美の渦で混ざりあったその証が、たらりと伝う太股の筋。一瞬敷物を冷たくしたけれど、何故かそれが幸せだった。

すべて夢かもしれない。

ああ、そうであれば良いのに。そうでなければ過ぎたしあわせがくすぐったくてらしくない。
しかし無には帰したくもない。随分贅沢を覚えたものだ。

覚束ない天化の指先が発の乱れて濡れた外套の端を、そっと甘えながら指に絡め、頭までくるまる上掛けは二人だけの温度と臭いがした。
戦場の血生臭さを拭うような、温かくて乱暴で、意地悪で幸福な、ひとつになった後の香り。
隣には同じ早さで歩む心の音に脈の音。
このまま剣士でなくなるならば、或いは永久にこの香りの中をたゆたえるのだろうか。考えかけた天化の脳に踊り出す、結論は先送りにしている疑問と微かな願望。

穏やかな心音と吐息とあたたかな唇と指先と、あとはなにが必要だろうか。しかしそれらを捨てさえすれば、己はずっと高みに昇れるような気もしないではない。

強さと弱さ、憧れと恋慕の間で揺れる未完成な少年は、
「……起きたか」
「んー……」
「まだ早いだろ、寝とけよ」
そんな風に寝起きのしゃがれ声で促しながら、傷痕の残る鼻先を唇で掠め、そっと幼さの残る瞼を啄み、食んで、口付ける。髪を撫でたその人物のあたたかさに、ゆったりとその目を閉じた。

今なら棄てられるかもしれない幼い日の鮮烈な憧憬と、どうにも溢れて止まらない優しくて弱い恋心。


ああ、やはりまだ寝ていたい。

end.


恋を知って弱さを知ってしまう天化が好きです。

2014/05/10
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