終わらない激情が氾濫する黄河の如く流れ行く時間。溢れて凝り、頼りない木の小舟は大いなるものに揺さぶられ、すがるものは頼りない柳の腕しかない。──こんな絶頂を、天化は嫌えずにいる。何度も繰り返し否定し、恐らくは肯定する日など訪れやしないだろう。屈強な剣士である誇りも男である自負も、護衛として駆け抜ける日々も変わりはしない。
それでも少なからずの悦びを伴って甘受してしまう発の存在に、未だ整わぬ息を弾ませながら、天化の節くれだった指先が寝台の敷物を強く掴んだ。
汗が浮かんで止まらない熱い肌に、熱病に浮かされたような堪らない浮遊間と倦怠感。唇へと贈られ続ける柔らかな悦びに、体内へと打ち付けるように放たれる発の体温は、なによりも彼を昂らせ、浚(いざな)い、言い表せない多幸を呼ぶ。
まるでぐずる赤子の紅葉の手のように、天化の意志に反してぴくりぴくりと跳ねてしまう指先も、足先を見失うかのようにぴんと張り詰めた下肢も、ぐるぐる回る視界も、早鐘打つ心音しか伝えなくなってしまった鼓膜も、認めたくないほど溢れた涙で霞んだ視界も。
「……っ、気持ちよかったか?天化ちゃん」
耳許に吹き込まれる独特の掠れ声に、現世に引き戻されてゆく。
可愛かった、愛してる、と。囁く声は蠱惑的だ。
頷けた自信はない。そもそも頷く必要などない。
自分よりも弱い下等の者に組み敷かれるなど恥と屈辱以外の何物でもない。
数年前ならば。
この男に出逢う前ならば。
抱かれる前ならば。
胸に溢れてやまない充足を受け取る前ならば。
果たして天化はそう答えたのだろうか。
頷けやしない。
それほどまでに溶かされ浮かされた躯では無理な話だ。変わりに仔猫のように瞼を閉じて、そっと熱い頭を抱き込んだ。
眉を寄せた複雑な顔で微笑む発の髪の中まで指を滑らせ、ぎゅっと強く。胸へその人を引き寄せた。
心臓の匂いがした。
生きている匂い。互いが。互いに。
確かめ合ったばかりの天化の躯はまたうねり、小さく小さく跳ね上がる。ふるふる体内が震えるのがわかる。
情けない唇を噛み締めて、目を閉じて。
「いつもより感じてたな」
少しだけ下卑た科白に恋愛めいた命を吹き込んで、発は穏やかに口付けた。
敏感になりすぎた躯にはそれは猛毒の甘味を帯びて、身を捩る天化にみなぎるいとおしい気持ちは、互いに出口を探している。
鼻へ、頬へ、普段はバンダナへ隠れた額へ。口付けはやまない。
幼さを残す喉仏に優しく優しく歯をたてながら、
「……もう一回、すっか」
確信めいて発は溢す。
すぐさまその腰に震える脚を絡めて、鳥肌を立てた天化の躯は頼りなく揺れていた。今度こそ頷いたかも知れなかった。それだけ望んでいた。
王サマ、王サマ…
繰り返す呼称は宙へ放たれ、まるで躯ごと崑崙山から地平へ落下するようだ──そこまで思い至ると、天化の腰が戦慄いて、
「ぁっ…ぁっ…っ!」
幾度唾下を繰り返そうとも、愛嬌ある唇から昼間の煙草の香りは流れ出す。
汚れた寝台の上で。
氾濫の黄河と頼りない柳に揺られる小舟。
地に落ち、岩肌に躯を強打するような。そんな倒錯的な痛みと閃光と快感に、天化は夢中ですがり付く。
「ぅぁっ!あぁ…っ、王サっ…おうさまぁっ…──!」
らしからぬ幼子の泣き声は部屋を満たし、発を満たし、
「ひっ、ァ────!!」
足の先。
ほんの少し塩気のある、豆だらけの硬い皮膚。戦場で煤けて、何度も踏み込み、幾重にも重なり硬く造形を変えた天化の足の指先から隆起した足の甲へと、発の舌が這った瞬間だった。
浮遊する。
溢れ出る。
いとおしいのだと躯がなく。
逆らえないのだと、これしかないのだと。
発に作り替えられてしまった躯なのだと、これが互いの望みなのだと。
悦びに従属したのだと。
恋へ陥落したのだと。
天化はゆっくり夢へと堕ちる。朝日が昇ればまた、戦士へと戻る為に。
end.
親愛なる王も護衛も恋の奴隷。
2013/08/12