発くんと天化せんせい




小さい雷震子は、お父さまから離れない。一緒の部屋で一緒のお布団で笑って眠る。
年子のまんなか、旦。
「もうねるじかん」
時計を見ておりこうにお布団に入る。
「まだ眠くねーもん」
年子の一番上。旦と同じ部屋で、仕方なく同じタイミングでお布団に入れられる。
何度も言われてしまう"お兄ちゃんだろう"。
好きでお兄ちゃんやってんじゃないもん。誰も悪くない。だって家族はだいすきだもん。それでも子供の1年の差は大きい。眠くないものは眠くない。

「おいで、発」

毎日遅くまで勉強をしている伯邑考が、正真正銘一番のお兄ちゃん。
「うん!」
笑ったらこっそり部屋に入れてくれる。ふかふかの白いベッドで、ひっくり返る伯邑考あんちゃんの教科書たち。おひさまのにおい。まだ知らない学校。それでも大好きなあんちゃんのにおい。
「今日はどんなことして遊んだ?」
「んー、絵ーかいてー、あとてんかに怒られた」
怒らない優しいあんちゃんは、勉強の手を止めて髪を撫でる。あたたかい指はえんぴつのにおいがした。
「眠くなったら寝てもいいよ。」
「眠くなーい」
まっしろなベッドをバタ足で泳ぐ。手に持ったクレヨンで、あんちゃんの真似。教科書をピンクと緑の線でいっぱいにしても、あんちゃんは優しく笑う。
「今度お休みの日はどこか遊びに行こうか」
「…ほんと?」
「約束しよう。」
差し出した小指。
「…はくゆうこうあんちゃんと二人がいい」
「じゃあ、発と二人で行くよ。どこがいい?」
キラキラの目が瞬くと、暗い部屋でおほしさまみたいだ。だからあんちゃんが大好きだ。
「あんちゃんといっぱい遊べるとこ!」
「遊園地にしようか」
「行く!いく!絶対!」
「日曜日だな、少し混むけど…沢山遊ぼう。」
あんちゃんの笑顔を見ながら、ゆっくりバタ足で夢を泳ぐ。あんちゃんの優しい手は、ちょっと天化も似てるかもしれない。天化はすぐ怒るけど。やっぱりあんちゃんは特別だもん。


北風ぴゅーぴゅー。今日も元気な崑崙保育園。
「おはようございます。」
丁寧に頭を下げた長男・伯邑考。右手に抱かれた雷震子。左手を繋ぐ旦。
「発!おはようさ!」
目の前にしゃがみこんだ笑顔全開天化先生。反応が遅れた瞬間に抱き上げられた。
「飛行機しよう!」
「ばかッ!てんかのばか!ガキじゃねぇ」
「じゃあなにするさ?」
ジタバタ振り回す手と足。怒らない。あたたかい手。北風がやんだみたいなおひさまのにおいの手。伯邑考あんちゃんの前なのに!ポカポカ殴ったグーの手にも笑う。そのまま歩く園の庭。保育士じゃなかったらまるで誘拐犯だ。

「砂場遊びかい?ブランコもあるさー、あ、発は土管好きさ?」
「てんかー」

発にはよくわからない。一体全体どうやってこんな天化先生に変身したのか。
それでもあったかい腕。冷たい風に吹かれてもあったかいほっぺたに、いつものエプロン。おひさまのにおいの髪の毛に、ちょっとだけタバコのにおい。

ぎゅー。
肩にくっついて埋めた顔。てんかてんかてんか、てんかが優しい。

「発、いっぱい甘えていいさ」
「甘えてねぇよ」
そう言ってるけど離れない。だっててんかがあったかい。


一晩中考えた、ダレ組さんのいたずらっ子、姫家三兄弟の発のこと。

甘えたくても甘えらんないさ、この子。

小さい弟二人と、ずっと歳が離れたお兄さん。意地っ張りで、子ども扱いされたい癖に大人ぶってるから。
全然気がつけなかった。
甘えたい盛り、反抗したい盛り。
怒るときしかしゃがんで目を合わせていなかった。抱っこなんてしてあげたこともない。弟の手前、人前じゃ恥ずかしがって甘えたがらない。

やっとつかまえた精一杯のS.O.S。

「発?」
人目を避けて腰掛けた土管の端で、膝の上から動かない。
「ばか!バカ!タケノコ!ツチノコ!九条ネギ!ドングリ!ミドリムシ!」
「それ悪口になってないさー」
笑ったら笑って肩にくっつくひっつき虫。
「発のひっつき虫」
「違うもん」
まっかな紅葉の手で、エプロンを離さない。
「かっこいいさ、発。」
「…べっつにー」
「お兄ちゃん頑張ってるから。今日は1日好きなことして遊ぶさ?発の得意なこととか」
「スカートめくり」
「スカートめくりもズボン下ろしもダメ!」
「ぱんつならいいんだ!」
「違うさ!」
「…じゃあてんかで遊ぶー」
込み上げる笑いを堪えるのが大変で仕方ない。わざと膨れてくっつく子。少しだけ下を向く目は照れ隠しの目で、それなのにまだ肩と首にしがみつく。
こんな可愛い子だったっけ。気づいたらおかしくて可愛くて仕方ない。
「"天化先生"って言ったさ?」
デコピンの代わりに柔らかいほっぺたを引っ張った。
「てんかの餅ほっぺ!雪見大福!」
「今度おやつに大福食べるさー!ああ、献立表考えなきゃ」
小さい手が引っ張り返す大人の頬。それ程柔らかいそれでもないのに、ずっとくっつく小さい手。そんなに面白いのだろうか。
「わりーの!てんかタバコ吸ってんだ」
「吸ってないさ!」
「うっそだータバコ臭いじゃん」
凍えるくらいしっかりシャワーで流したと思ったのに、仕方ない。これからは毎日禁煙ガムだ。
「今日は一緒におひさまのシャワー浴びとくさー」
「てんか」
「ん?」

顔を上げた瞬間だった。

「てんかもーらいっ!」
「…っぎゃああああああああああああ!!!!」

しっかりしっかり唇にキスしたこの5歳。

声がどっから出ているやら、叫び以外言葉にならない。
「俺、オトナんなったら天化と結婚する」
「なに言うさ…ッ」
「責任持つから照れんなって」
さっさと腕を飛び降りて走り去った風の子の後姿。油断大敵火がボーボー。とんでもない、よろよろ追いかけたら喜んで逃げるマセガキひとり。
言ってたまるかファーストキスだなんて!

「きゃあああ!ハニーが砂食べちゃったー!!」
「ああもう!なにやってるさー!!」
どいつもこいつも!走り回る傷心の天化先生。
「ぐえー」
「ほら!ガラガラうがい!」
砂場の横の水飲み場。文字通り必死な蝉玉と土公孫と天化先生。隣でニヤリと笑った発にうなだれた。

「やっぱりダレ組の担任にはなりたくないな…」
「興味はあるけどね」
「……見る分にはね」
「なりたくはないよね」
「あーたらどんだけ無責任さ!」
「天化、へーきだって!俺ちゃんと責任とるから!」
「発ーッ!」

今日も傷心天化先生。でも仕方ない、やっと発が笑ってるから。多分だいじょうぶ!昨日よりは晴れやかだ!きっと大丈夫!
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