溢る君愛好症(特殊*)




もう、かあいくてかあいくて。普段勝ち気で不遜な天化が、耳と目尻を赤くして俺の腕の中で小さく震えてる。もじもじ脚を擦り合わせかけて、背後からの俺の視線にそれを律する。その動きが何度もループするこの部屋で。

酷くかわいい。

それは愛し合ってる最中とはまた違う加虐心……いや、ちげぇな。ヒゴヨク……庇護欲。そうだ、
「……王サマ…あーたまだ…?」
庇護欲。それが胸の中にむくむく起き上がってきて、俺は堪らなくなった。

親しかすがる者、頼る者がない子供の目で、それでいて力強く俺を射る瞳が振り返って、俺を蔑みながら甘えてる。俺の許可を待って震えてる。

「まーだ」
「あんた遅漏だけじゃなくてそっちも溜め込むんかっ…!」

んなクソきたない侮蔑めいた軽口と、手加減された愛の平手で鼻の頭やら額やら押し返されたけど、その手が震えてんのも知ってる。もぞもぞ落ち着かない天化の腰を引き寄せると、さっきまでとは違った意味で息を呑む音がした。
「可愛いぜ」
「う…っるっさい」
バツがわりぃんだか我慢が効かないんだか、小さく丸まった背中が腕の中。
「天化、かわいい」
勿論それは天化の大好きな吐息たっぷりの声で。レザージャケットの襟から見えるうなじと背中に唇を落とすと、三つのガキがするみたいに腰がくねった。なんだそれ!なんっ──もう、愛おしさと庇護欲に言葉が出ねぇなんざ初めてだ。
「やっ…見んなっ…見んな王サマ…!」
震える声で弱々しい牽制を加えてから、いよいよ天化は落ち着かない。右に左に腰を回して床に押し付けて身体揺らしちまってさ……ああそうだ、騎乗位のときみてーなの!それがもっと切迫していじらしい。俺を食っちまうみたいなあの雄々しいセックスってのと違って、甘酸っぱい気持ちが胸の奥できゅんとなる。
「やだ、」
そんなだだっ子みたいな声が小さく小さく漏れだして、きっと今天化の涙袋がぷっくり重たくなってんだろう。顔が見えねぇのは残念だけど、俺だってそこまで鬼畜じゃねぇし。最後の良心みたいなモン。
「…っ、おうさま早くするさっ…!!」
「俺はしたくねぇって。酒取って来るとき行きましたー」
「卑怯モン!ろくでなし!」
「へいへい」
「潰れっちまえ…っ、ふざけんじゃねぇさっ…!ただじゃ済まさねぇかんね!!」
ありったけの暴言を捲し立てながら、段々天化の語彙が尽きてきたのがわかる。バカ、バカ、王サマのバカ、ばか。そればっか繰り返しながら身を強張らせたり揺すったりして、身体は前に折り曲げられる。
「別れっかんな!っ、…二度としてやらないさ!!」
「う…!」
腕の中で飛んだ罵声に、さっきまでときめいてた筈の肝が縮まった。流石にそりゃ…いや…
「……ごめん、天化」
「わかったらさっさと離せ…!」
「ごめん、やっぱ離せねぇから。」
「は?」
「だから、こう、最後の思い出にっつうかよ…な?」
「──っとに最低さこのバカ!」
訂正。俺はやっぱ鬼畜のろくでなしだ。
今ので解放されると思ってたんだろう天化がみるみる青ざめて、腰がびくっと跳ね上がる。まるで声殺しながらイっちまうときみてぇな。

「……あ、え?おい、」

もしかして、って思った。どっちの予感が当たったのか知れねぇが、指先で天化のジーンズを辿ると、そこがほのかにあったけぇ。
「あ?…出、ちまった…?」
俺も事態が飲み込めてねぇし、"何が"ってのは聞けなかった。でもさっきまで硬く勃ち上がってた筈の天化のかわいいのは、確かにくったり力が抜けてるんだ。二人とも喉が言葉を拒んでる。ぶるぶる震えながら肩で息をする天化は、明らかに絶頂の瞬間のあの様子で、ぼんやり宙を見てる。一回だけ首が縦に振れたのは、肯定なのか身体を揺すってるからかわからなかった。
「……ぁ、……っ」
抱き締めた腕の中でか細い喘ぎを漏らしながら、ジーンズから指先から滴りだした水分に、俺も一緒に金縛りに遭う。
「あっ…!」
それまで胡座かいてた天化の太股に力一杯手を挟まれて、ジーンズの一点が黒く色を変える。そのまま天化の手も俺の手に重ねられて、二人分の手を挟み込んだ天化は、また腰を床に二三度擦り付けた。

それっきり天化が動かない。覗き込んで盗み見た瞼は、ぎゅっと強く音がしそうな程に閉じられて、くしゃくしゃな眉間もまるで音を立てて潰れてくみてぇ。それと共鳴してんのかも知れねぇな、俺の性欲って。
今までより心臓が早鐘打って、天化の桃尻に押し付けてる下半身は暴発寸前で、俺まで上手く息が吸えない。腹の底から上がってくる緊張感に似た性欲が渦巻いて、天化と一緒に俺の喉も変な音を立てだした。
「……王サマ…王サマ頼むさ…、も…や…むりさっ…」
今更な罪悪感と、むず痒い可愛さと。
「姫発さ…ぁッ」
いつもと違う弱々しい天化は俺の指先にすがって言った。
「見んな…っ!!ッ…──」

それが天化の最後の咆哮だった。

二人して息が出来ねぇ。

酸欠の中で心臓が走り出して苦しくて、溢れ出した愛しさが手に終えない。

「……っ、ぁ…や、嫌さ…いっ…や!ぁ…っ」
小さく小さく言葉にならない音を散らして、天化の髪が強く左右に散らばってく。それを引き金にして、太股に挟まれてる二人分の手が熱い。思わず手を引っ込めちまうぐらいの水圧に押し返されて、だけど重なってる天化の手でより強く押さえられて動けない。

耳の中に甘くくぐもった水音が流れ込んで、俺の脈拍を打ち消した。何度も止めようとびくびく背を震わせた天化が、身体を真っ二つに前に折り曲げて踞る。イヤ、って振ってる髪は乱れたまま、しゅーって可愛い音と一緒に、小さい水溜まりが絨毯に広がってく。
薄い水色のデニムを真っ黒に染めながら、天化が何度も左手で目許を拭った。


ヤバい、どうすんだこれ──!
俯いた鼻がぐすぐす鳴って、一際大きく身を震わせてから、天化は再び動かなくなった。ヤバい、やばい、まずい!
「天化……!」
「やっ…!」
むくむく育って溢れ出した愛しさに突き動かされて、衝動のままに水溜まりの中から固い腕を引っ張り上げる。そのまま向かい合わせに抱き締めると、胸に突っ張るびしょびしょの掌が、ばたばた力なく騒いで押し返してきた。あー…あーもう!
「っ、離せ!離すさ!」
「いーやーだ、嫌だ」
「嫌さっ…」
「そーゆーの」

煽ってる、って言うんだろが。

目は見えない。俯いたままだから。流石にこれ以上酷いことは出来なくて、ガタガタ震えてる肩を抱き締めた。
「……ごめんな、可愛かった。すげぇかわいかった…!天化……」
「っ…頼むさ…」
その俺を押し返しながら天化が紡ぐ。ん?腕の中から切迫した目に見上げられて、
「頼むさ王サマッ…厠、行、かし、てっ…」
「あ…」
ああ、そっか。確信したら、その健気さに愛しさがまた増した。一層激しくなったバタバタの指先を取って髪を撫でる。
「ごめんな、我慢すんな。全部出しちまっていいんだぜ」
「──っ、バカ!」
はっきり嫌悪感が見てとれるような、そんな物言いの筈なんだ。けど、俺の言葉を引き金にまた俯いた天化が、どさっと俺の鎖骨に張り付いて体重かけてくる。だから顔は見えねぇ。ぐりぐり甘えるみたいに額を胸に押し付けて、一際大きく身体を震わせっから…抱き締めちまうだろが。ごめん、ごめんな、可愛くてどうしようもねぇよ!
「……っ、ぅ…ん、ふっ…」
とん、とん、優しく背中を擦ると、抱き締めた腕の中から、またあの可愛い音が流れてきた。何度も身を強張らせてた天化も、すっかり俺に身体を預けてる。途端にさっきとは比べ物にならない勢いで黒々と水溜まりが広がって、二人して暖かな濁流に呑まれてみたりする。その最中に、まるで絶頂を我慢してるときみてぇな熱い吐息を吐きながら。流石に、こんなに我慢させてたとは思わなかったんだ。コイツはほんっと負けず嫌いっつーか健気っつーか……、申し訳なさと一緒にやっぱり胸を熱くするしかない訳で。

嫌だ──そうひとつ溢した声は甘ったるい憂いを帯びて、俺の欲を掻き立てる。ふるふる肩を震わせて、天化がぐったり崩れ落ちた。
思い切り力任せに抱き締めて、頭撫でる手だけは柔らかくしか触れられねぇ。そんな矛盾に満ちた興奮がそこにはあった。自然と声が甘くなる。
「……全部出た?」
「るさい…」
「ありがとな、すげぇ…すげー可愛かった!」
俺の胸に顔を埋めたままの天化をぎゅうぎゅう抱き締めて、つむじに口付けて、俺は最早叫んでたと思う。記憶にないぐらい愛の言葉を叫んだ気がすんだ。可愛さと愛しさが込み上げて溢れて止まらねぇ!
「天化、天化……」
「──!」
俯いた頬を両手で挟んで上向かせると、すっかり腫れちまった涙袋のお出迎え。力強く俺を睨む癖に、泣くまいと必死に堪えてる。目尻にぷくっと涙の粒が浮かび上がって、銀色のソイツを拭おうとした瞬間だ。

「──大っ嫌いさ王サマなんか!!」

そう、悲痛な叫びが聞こえると同時に、俺の唇がかっ拐われた。え、えっ…なんて、驚く暇もねぇよ。眼前には涙と羞恥に濡れた天化の、荒々しくて甘美な口付けが溢れてる。溢れ出してなお止まらねぇ愛しさに目が眩んだ。
「気に入ってたのに!王サマのバカ!人でなし!ろくでなし!!」
気に入っ……ああ、ジーンズのことか。俺だってせめて一言ぐらい詫びたいってのに、声を出す隙がねぇ。唇をこじ開ける舌がしょっぺえ天化の味だった。堪らなくなって少し乱暴に髪と地肌に指を這わせば、息せききった罵倒と口付けの嵐。
「……馬鹿!ちくしょう…っの、この……ッ、さっさとっ…!」
「……、っ、ん」
「さっさと抱くさバカッ…!」

息を飲んだ。

それ以上の言葉は、俺も天化も続く訳がない。どろりと甘ったるくも情欲に溢れた瞳が揺れて涙が零れりゃ、次の言葉を待つ前に二人で水溜まりの絨毯に縺れ出してたんだ。
転がってぬかるみを出て、また口付けてまさぐって、
「天化、天化、天化」
俺はもうコイツの名前しか呼べないらしい。

かわいい。すげぇかわいい。

俺がそう繰り返す度に、睦言みてぇな声が繰り返す。

王サマ、王サマ、王サマ。

かわいい。ただただすげぇ可愛いんだ。腕の中でうねる天化は、今まで一度も見たことない。別人みたいで別人じゃない。確かに俺の、愛してやまねぇ俺の天化だ。甘え声で泣きながら俺を貪り尽くそうなんてコイツが、馬鹿のひとつ覚えみたいに可愛かった。

あー…溺れてる。
案外と細い腰を掴んで揺さぶって、すべて天化の仰せのままに。そんな夜が更けていく。甘ったるい声が俺を呼ぶから、何度も何度も溢れてくんだ。愛しさに際限なんざねぇって知った。
指先を肩に食い込ませながら、天化の脚が跳ね上がり続けて、その度に俺は堪らない心地になる。胸の中を引っ掻くミミズバレ、天化の指を取って口付ければ、天化が腰を押し付ける。バカ、馬鹿、あーたなんて嫌いさって、甘い罵声と一緒に。

「……きは、つさ…!」

互いの頭を抱きながら息が止まるぐらい口付けて、天化が気を飛ばすみたいに眠りについたのは、二回目が終わった後だった。


「──……ん…」
漸く冬の遅い陽が射し込み出した寝台の海で、身動いだ天化が目を開けた。
「……王サマ?」
隣でうつらうつら惰眠から半分覚めない俺を眺めて、緩慢な動きに緩慢な声。事後の気だるい天化ってのも珍しいな、なんて思う。一通り部屋を見渡した天化が首を捻って、俺の手にそっと触れる熱い指先。
勿論、あのままにしとけるわきゃねぇだろ。身体中拭いて部屋も片付けて、奴のお気に入り一張羅は椅子の背に干されてる。それを認めるや否や顔を覆った天化は、
「ったく狸寝入りも大概にするさ!」
「あだだだだっ…!」
勢いよく俺のほっぺたつねり上げやがった。
「あだだ…はー…」
「……」
「……おはよ、天化ちゃん」
その手が手加減してんのもわかってっから、まーた愛しさやら笑いやら込み上げちまってよ。つられたみたいに噴き出した可愛い可愛い天化に言った。

「なぁ、傍にいてくれよ。ずーっと」

べっと舌を出しながら、溢れて止まない可愛らしい平手が鼻に打ち込まれたのは、甘ったるい日常が続く合図。

「……ったく、仕方ないひとさ、姫発さんは」

そう唇が降ってきた。

ああ、甘やかされてんのって、俺の方かも知れねぇな。


end.


悪ふざけや賭けから始まるのは発天の醍醐味かなと。発はどんな天化も全部を見ていたい。
2013/02/23
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