AM9:55




やっと見つけたアイツは、なんと巡り巡って俺のウチの玄関前でまんまる体育座りしてやがってよ。
「……へへ、来ちゃったさ」
って、なんだ、なんだそれ……。
「……ふっ、ざけんなお前!……ごめんなさい、ごめん、……天化ごめん」
なんて、悪態付きながら抱き締めた肩が意外に細くて、胸がぎゅっと締め付けられる。
目の前で一件一件ケータイの女の子のメモリ決してるのをじっと見てるでっかい垂れ目が、なんか可愛くてさ、いじらしくてたまんねぇの。

「これで終わり」

新旧含め236件。全部消し終わった瞬間に待ち詫びてたように唇かっさらわれて、半ば襲われるみたいに騎乗位で乱れるコイツが、愛しくて愛しくてしょうがなくて。次の日指輪を買いに行った。

「やっぱおかしいんだな王サマの基準」

なんて笑いながら、

「俺っちこーいうの好きじゃねぇ、邪魔くさくって」

なんてバッサリ男臭ぇこと言いながら、今も胸の真ん中でぶら下がってるそのときの指輪。俺の分も同じデザインで、いつも左手にハマってる。薬指に出来ないで人差し指が定位置になっているのは、やっぱり俺のロクデナシとイクジナシの名残だな。俺も大概だなとは思う。……でもよ、失くしたらどうしようって思うぐらいには大事に思ってる。
だってコイツがいなくなったら、俺の大量の洗濯物どうしたらいい?


「多分俺っち、王サマが好きだったさ」
「あ?」
「最初に寝る前から、王サマのこと好きだったさ」
なんて、べろんべろんの酔っ払いが言い放ったのは、就職一年目の歓送迎会の帰り。

珍しく酷く酔っぱらって帰ってきた天化が開口一番んなこと言うから、俺は飲んでた麦茶机にブチまけた。

ちょっと待て、いやいや待って。
俺らの間で好きとか惚れたとか言う言葉が出たのって今がまさに初めてなんだ。
ちょっと待て、俺がいつ、どう言おうか散々悩んで言えなかった言葉をだな、天化があっさり言っちまったワケだ。しかもべろんべろんで。
「はぁ!?」
「えへへー」
「えへへじゃねぇよ酔っ払い!酒くせぇなオイ!」
んなワケで、大好き大好きって甘えてくる酔っ払いと、あまーいちゅっちゅしながら、俺らにしてはちょっと大胆でアブノーマルなエッチに目覚めちゃったりした夜があって、――今日もアイツは洗面台と仲良しだ。

シャボンの香りが漂う部屋の奥の戸を開けると、洗面所の入り口に背中向けてる天化がいる。
明け方近くまでなぁなぁに泥みてぇに愛し合ってたワケだけど、コイツにはもうそんな香りが消え失せてて。でも首筋に残した痕はお互いにそれなりにある。きっとアイツのジーンズ脱がしゃー内股にも二十は付いてるだろ。
「王サマ、昔より靴下がくせぇさ。歳?加齢臭さ?」
「ひでぇ!まだ三年だろ!」
「四年さ」
「そうだけっけ」
「うん」
こんなどうしようもない会話が朝一番ってどうなワケ、マジでいいのか俺の人生。頭抱えつつ、鏡に映った天化の顔は嬉しそうだ。
いつだってそうだ。
俺と二人になると口数少ない天化が、鏡越しに洗濯してるときはごきげんな口角してんの。昨日散々あんあん言ってくれちゃった唇が、今も綺麗な弧を描いてる。そこに収まってる先客が煙草ってのがまた、ちょっと妬けちまうワケだけど。
ざぶざぶ大量の水を入れ替える音がして、下洗いされた俺の一週間分の洗い物は洗濯カゴに放られた。アイツが洗うとな、柔軟剤だかなんだか知らねぇけど、いつまでもふわっふわの新品みてぇな靴下とパンツが保たれるんだ。ちょっと前にドロドロにしたとは思えねぇ。
「最近夢精減ったっしょ、やっぱ歳かい」
「るせぇなバカ、流石にそりゃ自分で洗うっつの」
「今更なに言ってんだか」
「あーい、すいませんでした」
そうか、覚えちゃねぇが洗わせてたのか昔の俺ほんとマジもうほんと……。洗面台から立ち上る湿気に負けて、天化の襟足がかたっぽくるっと巻いてる。これもいつもそうだった。
その襟足のくるんの間から、俺が付けたキスマークが覗いてる。鏡の中で目があった天化は、一回だけ
「ん?」
ってな顔でこっちを見た後、床に引きずってたシーツを洗面台に引き上げた。

昨日どろどろにしたシーツ。二人共犯で汚したから、俺としちゃこれも気恥ずかしいんだけどな。それでも八割天化のだ。一瞬情事と同じだけ立ち込める青臭い匂いに笑ってから、俺の手が換気扇のスイッチを入れる。カタカタ回る換気扇は、年末に二人で大喧嘩しながら掃除したやつ。なんで喧嘩になったのかはもう覚えちゃねぇけど。

指先で何度もシーツ摘まんでる天化の指が、なんか妙に可愛くて。どれだけたられば並べても、天化は女の子みたいな柔らかさは微塵も持ってねぇし、
「くせぇ」
「なんで今日匂いネタ多いんだよお前」
「だってくっせぇさー」
こーゆー笑いのツボみたいなのも、決して可愛いアレじゃねぇし。ノリはとことん悪友のままだ。

でも、さ。
俺の汚れ物こんなに楽しそうに洗ってくれるヤツ他にいるか?毎週だぞ?無償でだぜ?え?
そんなこと思って泣きそうになる四年目の日。

天化がふふ、って笑うときは、ほんとに、心の底からしあわせだって訴えてるときなんだって俺は知ってる。そうやって口許緩めながら共犯で真っ白に穢したシーツを指先で撫でてさ、
「そうだ王サマ。昨日結構よごしちまったから枕カバー持ってくるさ。さっきまであーたが寝てたから忘れてた」
なんて言うの。
どうすりゃいいんだ、可愛くてかわいくて仕方なくて、昨日の夜枕噛みながら俺を呼んで啼いてた背中とか、シーツを手繰り寄せちまう足先とか、もう、込み上げて仕方なくってさ。

「王サマ!?聞いてんのかい」
「結婚しよう、天化」

鏡越しに目が合った天化を腕の中に閉じ込めて、俺の唇はそんなことを言った。

「結婚しよう。……俺、すげぇ、お前が好きだ」

「……ーた、 ……やっぱ順番、おかしいさ…っ…」

腕の中で目を伏せた天化は目と耳を真っ赤に染めて、多分俺が見たことない泣き顔をしてんだろうけど、いや、今まで泣き顔見たことないってのもどうなんだろうと思うけど。頷く首の上下が堪らなく愛おしかった。
時刻は九時五十五分。見なくたってわかる、俺と天化の時間がそこにはあって、
「王サマのバカ」
そう言って笑った天化の鼻の頭に乗っかったシャボンに腹抱えて笑った。

愛おしいってそう言うこったろ、多分。


end.


1000LOVEにて妄想した「洗濯物を喜んで洗う天化」と「ろくでなしなプロポーズ」。
こんななぁなぁな恋人って、発天の特権だと思うのです。幸せにね!
2013/01/20
[ 2/2 ]
  



短編目次へ


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -