溢る君愛好症(特殊*)




宵の口はとっぷり暮れて、月も沈む丑三つ時。
雪の降る西岐の冬は、如何に西岐城とは言え底冷えだ。

さっきから子供みてぇに酒を含んだ舌先をちろちろ稚拙に絡ませ続けて、ふと寒さに天化が身震いする。あー、そろそろ頃合いか?
「さみぃ?」
なーんて、白々しく聞いてみる。今や快楽を直視してる天化にゃ俺の心中は通じねぇけど。コイツは人の胸中読むのが上手いやら下手やら、なんつーか無防備だ。
腕の中に向かい合うようにして天化を向き直らせると、明らかな意思を持って天化はもう一度ふるりと身を震わせる。
「それとも………我慢出来ねぇの?」
耳元に唇を寄せて首筋に唾液と果実酒を塗り広げながら、バンダナの尻尾を掴んで言ったんだ。

途端に真っ赤になるヤツの顔。
キュッと大きな瞳孔を小さくして、そのまま目は斜め下に反れる。

「我慢、出来ねぇの?」

快楽をか、それとも別の何かをか。

「なぁ天化。我慢出来ねぇの?」
「──っさい!ちげぇさっ……!!」

首と耳を可愛がって、震える鎖骨を舐め上げながら言えば、天化が数センチ床から浮いたんじゃねぇか?
それぐらい否定のアクションはデカイ。まずい、可愛い!

「ん?なに、お前…もう触んなくていいっての?」
「えっ…ぁ、い?」

また瞳孔をちっさくきょときょと目を動かして、天化は決まり悪そうに俯いた。
「そ、それはしたい…さ…けど、」
なんて消え入りそうな声で告げるから、思わず頭ごと抱えて床に縺れ込んじまった。かぁいい、かぁいい天化!
「天化ーっ」
「っひ、ぁ…ちょ、待つさ王サマ…!!」
「だーめ、止まれませーん!今のは天化がわりぃ!」
「うひゃっ…ぁ、ま!待つさ!タンマ、ちょい、ちょ」

ヘッドロックのまま天化の四肢を押さえ付けて抱え込んで、真っ赤な身体を見下ろした。目が潤み出してキョトキョトしてる。……うん、やべぇ、かわいい。マジで下半身も理性もギリッギリ。散々数刻の戯れで二人とも身体の準備は十分すぎる程出来てるし、酒も十分すぎるだけ入ってる。
じたばた力なく仔猫みたいに腕をつっぱねる天化の胸に、肩に、胸の飾りに口付けて、尚も所在なさげに暴れる天化を赤い絨毯に縫い止めて言った。口許をニッと上げるのも忘れねぇ。

「おしっこ我慢出来ねぇの、天化」

瞬間爆発したみたいに真っ赤になった天化が見えた。あれ、っかしーな…こんな直接的な言葉使うつもりなかったんだけどよ。いい加減俺も酔いが回ってら。

「──……っ」
無言。火を見るより明らかな天化の両膝は、申し訳なさそうにきつく寄り添ってる。眉尻を下げた赤い顔で、天化がふっと息を吐いて目を伏せた。

「……うん。すまねぇさ、なんちゅーかその、途中で王サマ…」
竹を割ったようにハッキリ切り捨てて喋る天化が、恥じらいながらもごもご告げる。もう俺にバレちまってんならシラを切っても仕方ねぇってことなんだろ。膝と太股を一層刷り寄せて身を捻った──が、俺はこっからが正念場だ。
「んじゃ、ちっと厠に行っ──!」
「傍にいるんだろ」


"傍にいるんだろ"


腕の中からいそいそ立ち上がりかけた天化がスローモーションで振り返る。
「は?なに言ってるさあーた」
「いるんだろ?離れんなって約束したよな?」

心臓が、高鳴ってんのはきっと二人共だ。しんと静まった嫌な空気が寝室を包んで、しばし各々意味の咀嚼にかかる。先にそれを脱したのは、天化の巨大な罵声だった。

「ふ、っざけんじゃねぇさ!んな馬鹿な話があるかい!」
「そりゃそうだ、いつもはねぇよ?」
「ど、だ、どう言う意味さ!?あーた何がしたいってんだ!」
「ばぁか!男心ってモンだろーが!」
「俺っちにゃンな心ないさ!」

さっきまでの甘さも微塵もない軽蔑たっぷりの目で叫んで見下して、俺を振り切って戸に歩き出す背が遠くなる。一歩、二歩、

「はーーぁん、逃げんだ?」
「!」
「花札五連チャンぼろ負けた挙げ句、"なんでも言うこときくさ件"放棄して逃げんだな?はー、おーっし、わかった。俺のお願いよりプライドよりおしっこな。オッケーオッ」
「──舐めんじゃねぇ!」
三歩。

予想通りの三歩目で、ヤツがくるりと振り返る。目を釣り上げて、口を真一文字に結んだままで。
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