首筋の執着 





時間ってのは、両手に余るもんだとばかり思ってた。それがまたなかなか憎いヤツで、思い通りにはなってくれやしねぇから、プリンちゃんとの綺麗な思い出が、彼女の方だけキレイさっぱり風化してなくなっちまってたりとか。
「……なぁ」
そんなこ憎たらしくも大事な時間ってモンは、一生有り余るんだと思ってたんだ。
そっと、だがきつく抱き締めた背から、是は聴こえない。何度も何度も触れたいと願った場所。昔一度だけ鼻先で混ぜ返した襟足を掻き分けて、窺うように唇を落とす。
「……天化」
まだ是はない。
何度も繰り返し抱いた筈の躯の体温は、馴染みある温もりが消え去って、冷たくもない、温かくもない、

「……空っぽさ」

ヤツがそう言った通りの、実に馴染みない不思議な心地だった。

今の俺と、目の前の躯に猶予なんざ残されてなくて。とっくの昔にコイツの生は消えている。俺だってきっと長かねぇ──わかってんだ。だからこうして、神サマとやらになった躯が、今限り目の前に現れたこと。
「天化」
天化。
「天化…!」
いつもアイツから薫っていた、萌木や若草みてぇな素朴な体臭も、顔に似合わずヤニ臭ぇ臭いも、埃と硝煙と血にまみれたバンダナの臭いも感じない生の消え去った首筋だって、
「天化」
触れりゃこんなに沸き立つってのに。

唇で浮いた筋をなぞる度、胸に込み上げる衝動が燻ってる。
舌で追い上げるように撫でるのが好きなんじゃねぇかって、何度も夢見て知ってる。二人で作り上げた十年の戯れと、生きてた証。

俺は知ってる。
こうして沸き上がる情欲や執着の、本当の名前を。
名付けたのは俺が先で、戸惑ってたのはいつだって禁欲的な天化で、二人して、まだ呼んだことはない名前。

何度もきつく吸い上げた首筋が、にわかに甘く色付いて、
「──すき、だ」
聴こえたかどうだかわからない俺の言葉に、ヤツは微かに頷いた。

覚えある金色に輝き出した躯が、きっと天に還るんだろうことも。猶予なんざ残っちゃねぇことも、すっかり利口になっちまった俺はわかってる。
ただ是を言わねぇ首筋に、ただただ想い溢れて吸い付いた。

「……大の大人が…なに甘えてるさ…」
「…お前にしか、甘えらんねぇって…知ってんだろ」

漸く聴こえた言葉は是も非もねぇ憎まれ口で、それが余計に嬉しくて堪らなくて、懐かしくて胸が軋むんだ。抱き締めてすがる俺の手に、そっと重なった天化の手。嗚呼、ああ、どうしようもない。
溢れて溢れて止まらねぇ──!

「…こら、なにしてるさ!」
一張羅から覗く首筋に埋めた達者な唇。鮮やかに咲くは、天化の生の証成り。忘れるわきゃねぇだろ。吸い上げた肌はいつだって焦がれたあの味で、熱く熟れて俺を待ってる。
「まじないだよ。消える前にまた来れるんだろうな!」
「んー、多分。善処してみるさ」

多分じゃねーっつの!
そう茶化して笑うのが精一杯で、首筋に散った俺の涙の粒を、アイツは一緒に神界とやらに連れて行ったのかもなって。
そう思ったら愛しさが増した。



短編に収めたお題 キスの場所で22のお題:9、首筋(執着)と同じもの。
どうしてもこの場面で書きたかったので、完結した筈の話が二年と半年振りに動いてしまいました。
2013/02/03

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