躯が重い。えらく重たい。眠さに似てるかも知れないな、とか、遠くで思った。
腹に刺さった刃物でそれなりに痛い思いはしたけど、そのときゃ痛みなんて感じてる暇がなかった。今はもう痛みもない。
寝台の隣にいる、邑姜。
躯は起こしてそこに小さく座ってる。
ああ、あのときも傍にいたっけな。その黒い髪も緑の瞳も、いつまでも忘れねぇ。絶対だ。
誰かに似てるからってことじゃない。
そう言ってもあんまり伝わらないかも知れないけど。
「ゆっくり休んで下さい」
いつもと変わらない声。
「ちょっとぐらい寂しそうな面しろよ」
あー、我ながら最低だ。覚悟はしてた。悔いはない。それでも少し胸が痛いのは、やっぱり最後の甘えなんだろうか。生への固執なんだろうか。手を伸ばして梳いた髪は温かかった。
「そんな私を望みます?」
「あー、まぁ、違うかもな」
「そうでしょう、バカな人」
強気な声。知ってるよ、お前は強い。でも虚勢だ。そして俺はやっぱり馬鹿だ。そんなお前だから、今こうやって隣にいるんだとか思っちまう。まったくとんだプリンちゃんだ。
「世話かけたな、」
これ以上、言ったら泣きそうだった。俺の方が、だ。
「…ありがとよ」
「バカな人…」
笑ったら、そう言って笑った。
ゆっくり俺の髪を梳く手があたたかい。
「絶対、忘れねぇ」
「ゆっくり休んで下さい。散々頑張らせてしまいましたから」
そう笑う。
「ホントだぜ、こき使ってくれたよな」
また笑う。
最後まで甘えっぱなしで、悪いな。ありがとな。
「邑姜」
「なんです?」
「…絶対、忘れねぇ。」
「そうね。私も、忘れません。」
周は、あなたの国は、あなたの子は、あなたは、私が守りますから。最期まで――
安心して、ゆっくり休んで下さい。
酷く優しい声がした。
子守唄みたいなそれは、初めて聞いた本音かも知れない。きっと一生忘れない。絶対だ。
こんな形の愛ってのも、あってもいいんじゃないか。
きっと伝わらないだろうけどよ。
俺とこいつの間でわかってりゃ、いいだろ、それで。
遊んだ女も抱いた女も友達も、数は知れねぇ遠い昔の懐かしい思い出で、愛した女はお前が最初で最後の一人だ。
「バカな人」
眠ったんだと思った。とてつもなく幸せで、少しだけ苦い夢を見た。
ありがとよ、じゃあな。よろしく頼んだぜ。
もう何処にも悔いはない。
あのときのおやじの気持ちがわかるようになった自分が、ちょっとだけおかしかった。
end.
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やっぱりきちんと書いておきたかった邑姜との関係。想うばかりではないよ…って。
2010/11/15
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