月夜の契り 





月の照らす白い部屋。神話の終わりを告げたひとの名を、周の武王・姫発と云う。

草木も眠る丑三つ時。
「あ゙あっ、くそ!」
黒い髪を掻きむしり、眼下に広がる膨大な資料に毒づいた。
「何から何まで終わらねぇじゃねーか!…ーったく、恨むぜ太公望…」
星を見上げようか。外に出ようか。
否、すまい。星となったアイツが見えてしまいそうで、崩れてしまいそうで、税率の改定案に目を落とす。

「ひゅ〜!王サマ頑張るねぇ!」
「うるせぇ!忙しいんだ、黙ってろ!」
「はいさ」
真っ黒な筆の滑る音。竹簡が波打つ。
「なぁ王サマ」
「んだよ」
「俺っちあんま時間ないかんね。先に話聞いて貰えないさ?」
「だぁぁうっせえ!俺だって時間はねぇんだよ!民が待ってんだ、不安にゃさせらんねぇからな」
背中から問われ、背中で叫ぶ。何処かで聞いた声は、遥か遠い風に似ていた。
「発ちゃん、王サマらしくなったさ」
「天化のバカは相変わらずだな」
「ははっ、久しぶりにそりゃないさねー」
「って、天化?」
「おう。」
「なーにバカ言ってんだ」

ふざけんのも大概にしろ、こんの脳筋野郎。
言ってしまおう。そうだ、アイツはもういない。…いない?本当に?

「……天、化…?」
「おう、久しぶりさ!元気にしてっかい?」
「…天化?」

ぐるりと回した首の後ろに、あぐらをかいたそのひとがいた――。


「天化、天化!お前やっぱり生きて…」
「うぉっ」
込み上げる愛しさに似た衝動に飛び付いて抱き寄せた躯は、後ろに反り返って尚、均衡を保つ。
「天化、天化、天化」
「…発ちゃん、ちょっ待」
「待ってたまるか…!こっちは死んだかと思ったんだぞ!!太公望のヤロー騙しやがっ」
「…っと、そのこと。話しに来たさ。」

今、気付く。抱き締めた躯の冷たいことに。

「発ちゃん、勝手に封神されて悪かったさ…」

それだけ言いに来たと、腕の中の主が云う。具体性のない体温と質感に、月が照らす腕が痺れる矛盾。

「天化、てめぇ…」
「ごめん、最後まで守れなくてさ」
「んなこと言ってねぇ」
「今は元始天尊サマに無理言ってウツワ借りて来た。だからホンモノは空っぽなんさ。普段は目に見えないから」

唇がわななく。一体、何が起こっている?
此処は朝歌。遷都も目前に控えた月の夜。

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