こんなとこで何やってんだ…
頭の片隅だけ、まるで傍観者のよう。
風の音に、君が拐われないように。
求めて止まない焦がれ続けた天化の躯。無意識に歯痒かった発の躯。
熱い。やっと繋がった躯は何を忘れたのか忘れる程、熱く熱く焦がれて止まない。
「……はっ、ちゃん」
痛むだろうか。聞いてもきっと答えない。代わりに目尻の涙をそっと拭った。身震いする姿に膨れ上がるのは、感情と質量。
「ぅ…っ、く」
噛み殺す声に、牧草を千切る指。
「天化」
左手を引っ張って背中に巻き付けた。
「そーゆーときは俺にしがみついとけ」
少し驚いて、それでも頑なな目。
「俺に傷つけとくモンなの!」
好きにしろって言っただろ。目で告げれば巻き付く両の腕。散々守って貰った。――その手が、爪が、背中に刺さる。
「…ッ」
「こえ、我慢すんなって」
愛しさで舞い上がる。発が舞えば天化の声が舞って、口付けたら涙が零れた。
「痛けりゃ痛い、違うなら違うでいいから…」
濁した半分は虚勢だ。痛みだけじゃないといい、他に刻めるモノがあったらいいのに。
そこまで頑なに左右に往復する首を見ると不安になる。
「天化」
右手で支えるように撫でた頬と耳。赤い皮膚と緑の目が戸惑って艶めいた。
「…天化、天化」
引きずられて口付けて、ただ繰り返す名前。胸の中を引っ掻かれる。好きで好きで止まらなくて、解放した胸の中が天化で溢れて愛おしくて、引っ掻く痛みが心地好い。もっと声が聞きたくて、痛みだけじゃないといい。
「……ぁッ」
小さく震えて漏れた音。伏せた睫毛はそのままで、微かに縦に触れた首。
艶めいて消えない。傷付けたくない。失いたくない。気のせいか、夢か現か幻か。迷って迷って、本当にもう待てない。壊すくらいに突き上げたくて。
「天化…!」
「な…んで」
「え?」
風に混ざる小さな声にギリギリでかけるブレーキに眩暈がする。背中の指に力がこもる。
「なぁ、天」
「…んで止めるさ…っ!」
「そんな言い方あるかよ!!」
睨んでいる内に入らない。そんな目で見るなバカヤロ!声に出したか否か、もう覚えていられない。
愛しくて堪らないそのひとが、腕の中で跳ねてうねる。酷く熱くて堪らない。
風をかき消す短く続く矯声が、新しい風になる。
腕の中で唇の形がしばらく迷って、小さく小さく、吐息の間に気持ちいいと混ぜてまた目を反らした。今はもうそれだけでいい。幸せで堪らないから。
ふざけて触れたら怒られたっけ。
サボるなと咎めた声が呼ぶ己の名。
そういや一緒に舞を踊った。
一緒に歩いて歌った毎日。
振り返ればそこにある、振り返れば遠い昔。
神話の時代は此処に終わる。
抱き締めた躯に嘘はない。
止まない口付けに意味がある。あたたかい。離さない。それだけで。
君が欲しい。二度と風に拐われないように。
重なるは心音。重なるは姫発と黄天化。
愛おしい衝動は、思い描いた愛の形より不恰好で幼かった。
それだけで十分だ。
声が重なる。
それだけで十分だ。
「…てんかー?」
とろんと流れた目。うずくまった頬に触れたら微かに返す、反射の瞬き。
「はーん、良すぎて動けないって?」
にやついたその瞬間飛んでくる左手が、指先で頬をついて止まった。目は合わせないまま、小さく頷く。
「ずるいさ…こんなの」
掠れ声を首に埋めて、微かに震えた。一瞬意味が解らない。解ったときには強く強く抱き返していた。
聞くまでもない。
また重なる唇に引き寄せた腰に、熱く吐息が漏れる。
「ずっと一緒にいろよ」
囁く声でない。凜として彼に告げた。
「天化が好きだ。」
言う順番が逆だった。
「俺っちも、ずっと一緒にいるさ」
それを気にする男ではない。
「好きさ」
凜とした声。合わせた目に永遠が宿る。
「発が好きさ、ずっと好きさ」
「当たり前だ」
君が欲しい。
それだけで十分だ。
思い描いた愛の形は、幼くもこのまま、万里を越えよう。
神に成りしひとよ。
そんな二人も良いだろう。
愛したひとは、懐かしくあたたかく、皆そこにある。
愛した君は、ただひとり。此処にいる。
君と生きた風の証は、確かに今、腕の中にあり――。
「なぁ、コレどーやって帰んだ?」
「知らないさ、スースじゃなきゃわかんねぇ」
一面に広がる草の上。
「ってかそもそも何処に帰るんだよ」
「多分神界さ?」
「たぶんて」
「だってあーたがなんで神界来たのかもよくわかんないさ?もう封神台もその動きしてないのに」
「そーゆーのは愛の力とか言っとけよ」
色気もへったくれもない物言いで重なる唇。
「…さぶい!」
「これから鍛えるさ?」
「……どーゆー意味?」
「乾布摩擦と筋トレ」
「だろーな、お前は」
…皮膚強すぎて色気ない声ばっかだしてたんじゃねーのかコイツ。
その疑念を解くべく、また口付けたのは言うまでもない。
end.
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これでアユム的本編補完の二人の終結です。
読んで下さった皆様、感謝至極!
2010/11/15
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