君と生きた風の証(*) 





覚えのある風の色。あたたかな君の声。重なるは心音成り。
緑の牧草。流れる雲。

「天化」
不可抗力で下敷きにした躯の上に、優しく優しく影を落とす。
「…発ちゃん」
「天化」
両手で挟んだ頬の主が、空いた右手で唇を止めた。
「スースが見てるさ」
「はぁ?」
「だからここがスースの宝貝だって」
「いいだろ!」
「よくないさ!」
「んじゃー見せてやりゃいいだろが!」
問答の末に押し返した躯が左に捻れ、
「太公望ー!見てんなら場所変えろー!」
叫んだ隙に右の頬に口付けられた。
「天化、おま…」
「絶対俺っちが最初にしてやるって決めてたさ」
「バカじゃねぇの…」
ぺろり。唇を舐めた舌先が、いたずらっ子の目で笑う。
挑戦的で扇情的で、求めて止まない彼の名を黄天化。

「太公望が見てるってのは?」
「あの人のことだからどっちかわかんねぇさ。」
「もう黙ってろ…」
呆れ果てても触れたくて仕方ない、抱き締める彼の名を姫発。

「ゲームじゃねぇの!お前わかってる?」
「…ーってるさ」
組み敷いて抱き寄せて、ぶつかる目と目。先に反らせたのは天化だった。
「…どうしたらいい、か、わかんねぇ…」
「可愛いこと言ってくれるじゃん」
照れ隠しに反らせた瞳。牧草に埋もれた横顔も。さらさら泳ぐ黒髪も。
「したいようにすればいい」
耳元で囁けば朱が増した頬。この顔を見たかった。
「天化に触れたい。」
両手で挟んだ頬が熱い。何処までも負けず嫌いなその目に映る自分の姿。その事実だけでもう何もいらない。

「天化が欲しい」

嘘だ、求めて止まない君が欲しい。

背中と首に乱暴に回った両腕に、上下する喉仏。重なるは心音成り。
走り出した口付けが待ってくれない。どうしてもどうやっても、焦がれて焦がれて仕方ない。
鼻の頭の一文字。力強い瞳を包む薄い瞼。
「…発ちゃん」
黒髪とバンダナに隠れた額。深紅に染まった両の頬。
「発ちゃん、が、欲しい」
吐息に乗せたその声が。
「っとに何年待たせんだ」
「しょうがないさ」

ゆっくりそっと、撫でるような幼い口付けだった。

「…発ちゃんが一分口付けても、俺っちには一秒にもなんないさ?」

その声に心臓を捕まれる。死して尚、此処に生がある。君がいる。

「今なら、重なるって――」

思ったら不謹慎かい?

ずっとずっと、触れたかった。君だけに。隣にいる君にだけ、彼にだけ触れたかった。
そんなのおかしい。そんな筈がない、罰当たりだ、己は道士だ。
消えない永遠は解けない呪縛のようで、身を焦がしても気付かぬ振りを決め込んだ。それでも、それでも
「発ちゃんがいいさ」
引き寄せた唇は、甘い甘い君の味がする。
「俺だって」
恋なんてきっと身勝手なんだ。
「天化じゃなきゃ意味ねぇよ」
やっと、やっと、ようやく触れた温もりに、口付けが待ってくれない。
「天、化」
「……はっ、…ん」
名を呼んだ?息をした?解らない。きっと両方だ。
絡め取る舌に吐息に、嚥下する愛の言葉。止まらない。
嗚呼、言葉にも口付けられたらどんなに心地好いだろう。

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