寝台全面降伏 





風が舞う、只一面の砂嵐。
紅く光るは、大地を照らす月の色成り。
命の証は、何処へ――?

「いいかテメェら!祭りに遅れんじゃねぇぞ!!!」
荒野を往く騎兵隊。先陣を切るは若き王。莫邪の宝剣IIと走るは若き護衛。それだけのこと。


「王サマ、そろそろ休むさー」
「おう」
宿営地の簡易な帆布の天幕。隙間からかかるその声に、武王――姫発が首をもたげる。
「そうですね、もうお休みください。武王」
微笑んで送り出すは、代理軍師・楊ゼン。
ひらり身を翻す王と並ぶ足並みは、少し小さな黒髪のその人。

「…てーんかっ!」
「だっ…!重い!!」
"王"の部屋へ布を潜れば、王から発へと戻る珠玉の時間が待っている。
「天化ー、ちょっと吸収させろ」
「なんも出ねぇさ。」
「出てるんだって…」
頭に巻かれる白い布。肩に纏うは王の証。衣擦れの音と共に溜息が漏れる。その溜息が安堵と感嘆によるものだと云うことに、抱きすくめられた彼は気付かないまま。
「あーたも好きさねー」
「……は…?」
「俺っち発ちゃんの抱き枕じゃないさ。」
一瞬期待した言葉の流れに、今度は思わず力が抜ける。どうしてこうも鈍感なのか。
「発ちゃん、重い!あっちぃさ!」
呆れた溜息が重なった。……髪に隠れた耳が赤いことには気付かないまま。
「なんでこう色気ねぇのかなーお前は…」
「それを俺っちに求めんのがどーかしてるさ?」
からから笑う子犬のような黒髪の彼は、本当にどこまで伝わっているのだろう。布の隙間か射す月明かりに、発の何度目かの溜息が昇る。
「発ちゃーん」
「やだ」
「離れないとシーツひけないさ」
ほらほら、そう促してつつく肘。発の目の前に向き直る顔に、不覚にも胸が痛い。顔の真ん中を一文字に走る傷痕。真っ直ぐ見据える目。
「……っおう、」
ぶすくれながらも名残惜しむ腕と指が離れた先で、簡素な寝台に向かって真っ白な布を振り上げる護衛の悪友に、今度はゴクリと唾を呑む。


因みに、この日の黄天化による敷物の敷き方。
一、寝台の足元に立ち、
二、風を巻き込んだ布を寝台に被せ、
三、寝台の足元をくくり、
四、寝台に倒れこむ。

……おい、おいおいおいちょっと待て!
なんだこの構図。なんだこれ、お前意味わかってるか?

至極冷静に見ていたつもり、の発の目の色が変わる。

「天化っ…」

選択肢は一つしかない。五、襲う!奇襲成り!

「ほい出来た!」

再び抱き締めようと飛び掛った躯は、入れ違いに寝台から飛び降りた。

正解は、
五、倒れ込んだ先で腕を伸ばし、寝台の枕元をくくる
以上。

ばかやろう…
そんなこったろうと思った、と、発の唇が音にすることなく動く。
「発ちゃん疲れてっさ。早く寝た方いいかんね」
「待てよ」
「ん?」
天化の立ち去り際。
思った以上に鋭い声が出たことにも、その声が昔と違って酷く喉につかえることにも、発自身驚きつつ。

「今晩、…付き合え。」

発の唇が迷う。天化の目が斜め下を往き、しばしの沈黙の後。

「……わかった。」

思いも寄らない返事に、心臓が跳ねた。

「天祥寝かしてくる…から、ちゃんと待ってるさ」

――これ、アリか?アリなのか?

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