猜疑心(1/3)




少年はいつも泣いている。口を真っ直ぐ一文字にして。やだ、いかないで。
「あんちゃんあんちゃん!」
言いたくて言えなくて、引いた袖は兄のズボンの隅っこだった。
「きょうもがっこう?」
「発、待っててね」
優しく頭を撫でる手が好きで、
「うん!」
目を細めて笑うと兄が笑うから。
「きょうもかいしゃー?」
首を傾げると父が笑う。
「いつか一緒にきてくれるか?」
いつかっていつ?目がきょときょと、
「発がきたい時でいい」
「じゃあいまいくっ!かいしゃ行くっいっしょ行くっ!!」
いっしょに。どうして今じゃダメなのか。わからない小さいもみじの手を止めて、父が取ったのは兄の手だった。
今行く。
「ゔあぁぁあっ…やだ!!やだぁああ!!」
破裂して泣くとそれ以上に泣き出す弟がいて、目を擦って頭を撫でた。人の声や物音を人一倍嫌がる弟は、発の顔にようやく笑う。
「んっ!旦いいこ!」

"あんちゃんとおなじ小学校"は、私立って言うらしい。"お受験"ってゆーのがあるらしい。積み木とブロック、ひらがな、たしざん。
「じっとしていなさい!」
怒る先生の声と、
「発はいつも元気だね」
笑う兄の声。どっちがどっち?いいの?わるいの?どうやらとうとうわからないまま、

「王サマ!」

揺さぶる声を凪ぎ払う少年が一人。タオルケットを引っ張り上げた。

「……まだ寝る」
「王サマ!」

お利口だった弟は自分を飛び越えて勉学が上手い。まさか。合格する頃初めて知ったんだ、あんちゃんが中学生になるなんて。
呆れたように弟が笑う。
「ろくねんせいの次はちゅうがくせいです」
「のび太はずーっと5年じゃん!!みんないっしょじゃなきゃ"ふびょーどー"じゃんか!!」
困り顔の父がテレビを消して、
「……発」
「兄ちゃんのうそつき!」差し伸べられる手を叩いて走り去った食卓。だって兄ちゃん目が笑ってない。お行儀なんて知らねぇよばーか!!駆け出した脚で向かうのは、一番下の小さい弟の隣だった。ベッドの上で柔らかいほっぺたをつついて話す、
「あ゙ー」
「は」
「あ゙ー…」
「ら!雷震子のらー!」
握り返す小さい手だけは発の正義の味方だったから。

「王サマ!!王サマ!」
「…るせぇなー…」
転がる背中を揺さぶる声に、ぼやけ続ける目を擦る。──いやだ、酷く。息は吸えないしかも吐けない。
「……ッ!!」
「やっと起きた」
訳がわからないまま見上げた左の壁は真っ白で、寝返りを打って天井を見ても真っ白で、
「……なんだよ」
右側にいる髪から伝わる汗の湿気は、発と同じシャンプーの匂いがした。
「うなされてた」
「…べつに」
そうなんだろうか。目の前の傷が笑う、
「王サマは起こして欲しいんだか寝たいのかわかんねぇさ」
「うるせぇな…」
楽しそうに。いやだ。その得意気な顔が。たまに凄く嫌になるから、今日もタオルケットを被り直した。
疑問符が降る右隣。

最近ずっとだ。うなされている換算じゃない筈なんだ。そう自分に言い聞かせても、夢見が悪い事実は消せない。だって家族だぜ?考えてみてから、"だって"の意味がわからなくなる。
「王サマ?」

"だって家族だぜ?うなされるなんて訳ないじゃねぇか"

"だって家族だぜ?当たり前だろ、好きじゃねぇよあんな家"

気が付く頃には覗く右隣の手を掴んでいた。
「……なに食べる?今日は好きなもの作るさ」
笑顔の唇を塞いで思う、天化が優しい。なんで?そもそも今は朝なんだろうか?
「暑くて食う気しねぇ」
言葉につまる目の前の顔。一度倒れた出前、暑さを引き合いに出せば天化が引くことは知っていて、
「天化は?」
着々と既成事実を作りながら聞くと、陥落することも知っていた。
我ながら自堕落だ。

遊園地ではしゃいだ数日前が、もう遠い昔のようだった。
「王サマ…」
夢見が悪いのはやっぱり暑さの所為かも知れない。あの日のホテルは空調が心地よくて寒い程だったんだ。不健全な今。本当に不健全か?だって昔はもっと不健全だ。考え出したらキリがない。
子供はずっと泣いていた。

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