よっぱらい(1/2)




星は見えない。それはイルミネーションの乱反射の中で無理な話だ。
「……王サマ」
当初慌てて次に呆れて、徐々に心配に変わった天化の声が、植え込み横のガードレールで止まっていた。ぐんにゃり木に寄り添うのは発。
どうしよう。
まさかの酔っ払いを抱えて途方に暮れる帰り道は、遠くに見える遊園地の大時計が二度目の12を少し過ぎた頃。
「さっさと歩くさ、ほら」


様子が変わったのは、遅いディナーにありついたレストランに落ち着いてからだ。きらきらふわふわ観覧車の余韻を乗せて、間接照明に照らされる一番奥の二人がけとっておきのムーディー加減。
「こっちの方が食いやすいよな」
天化に合わせてシフトしたイタリアンレストランは、腹ペコ二人で3人前のパスタとバイキングのピザがなくなる程気軽でなにより美味しくて、軽口のキャッチボールも弾みに弾んだラストダンジョンだったのに。
「俺さ、今までそれ程キスが好きってんじゃなかったんだよ」
突如真顔で放たれた。
「つーかそりゃあ好きだけど!ほら相手がプリンちゃんなら嬉しいだろ、だからそりゃキスするよな?」
「なに言ってるさ」
低く返した声は怒りと疑問と両方だ。ギリギリ圏内でエクスクラメーションよりクエスチョンに近いマークを選んだのは、大人になったんだろうと思わなきゃやってられっこない。天化が煽るジンジャーエール。
「だからさ、そこに山があるから登るってのがあるじゃん。つまりそれな訳!キスとか、くちびるあったらキスとか、前技も前菜もいらねぇ派だろお前も」
一気飲みのオレンジジューが拍車をかけて流れ込み、
「プリンちゃんとセックス本番だからいいんだよ、キスも嫌いじゃないけどさぁ」
堪忍袋の緒が切れる音は案外静かに鳴るものらしい。「ふざ」
「初めてなんだよ!ちゅーがきもちーの!天化ちゃんが!」
「……っな、あ」
「天化のちゅーがすげぇ好きなの!!」
慌てると声が出ないらしい。ジャズに紛れて店内に響く場違いな大告白に天化の脳は理解することを放棄した。
まさかだ、気付いたのはちゅーがちゅーがの繰り返し5分後。煽り飲んだオレンジ色が8%アルコール。途中で飲んだジンジャーエールは6%アルコール。じゃあ最初に飲んだ炭酸のあれは、ご名答。すっきり爽快ジン・トニック。
「天化の!ちゅーが!!天化ちゃん愛してる!」
「ちょ、黙るさ!!静か…」
「エッチはもっと!」
「に゙っ…」
「最上級!」
「あ゙────!!!」

かわいいカップルだねぇ、大学生かな、付き合いたてかな、記念日なんじゃない?張り切ってエスコートしてキャパ超えちゃったんだねー。若いねーかわいいなー、ぽろぽろ聴こえる見守ってくれているらしい店に溢れるカップルの声と伝言ゲーム。ヤバい、まずい。
メニューの隅にきちんと書かれた"22時以降アルコールオンリー"の文字に、慌ててその場を飛び出していた。


「……俺、夜遊び捕まったことねぇし。お前も工事現場平気だっただろ、らいじょーぶ」
「大丈夫じゃないっしょ…」
にゃははーぁ。力なくふにゃふにゃ笑う発の高いテンションはいつものことだと認識していて、判断がつかなかった。ナチュラルハイか酔っ払いか。今は十中八九酔っ払いだ。うっかり逃した終電になす術もない未成年が二人、見えないだけで天化だって酔っ払い。摂取量は発1/4で、黄家親戚一同は年越しの御神酒に慣れているから。飲ませる親父もどうなんだ、とは思えないこの息子。意外だった。この調子のりに飲酒経験が一度もないこと。

「王サマって結構酒強いんかも」
「んあ?そうかぁ?」
「……ごめん」
微々たるものでも経験ある自分が気が付かなくて。最後まで頑なに守ってた家のこと。サブグラの叫びを思い出す。
「あ?なんで?」
「んー…、あ、」
ああ、そうか。
「楽しかったさ、王サマと遊園地」
「へへ…だろ?」
こんなときはごめんじゃないんだ。数えてみたありがとうの数が増えるだろうか。礼を述べないのは二人共々、とろけながら笑う頬に寄せる鼻の頭がありがとう。そんな換算でいいんだろうか?
「なに、今日甘えんぼだな天化」
「甘えんぼって」
漏れる語彙が子供のそれなのは、素直なのか酔っているのか本来の癖なのか。笑う発の髪が汗で額に張り付いて、そっと撫でたら熱かった。
「水買ってくるさ」
「おう」
まるでお留守番の子供のように素直な彼氏は、街路樹からガードレールにふらふら歩いて移住していた。

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