oneday(1/2)




「天化ー、てーんーかー」
「っぁひゃッ…」
羽の枕に埋もれた首筋に、のっかる陽気な声がした。
「……かっわいいなお前」
「……この…!」
天化の寝ぼけ眼が開き始める頃には先回りで開かれた遮光カーテン。何時にも増して落ち着きない大輪の笑顔が首元で笑っていたから、
「今日デート行こうぜ!」
そんなことだろうと思った。少しだけ膨れて見せた顔で今一度布団に埋もれる。相変わらずの灼熱地獄の8月の部屋で微睡んで、最近誰かに似ちまったさ…欠伸を一つ、ふにゃりと蕩けた愚痴を一つ。
「――で?何処行くさ?」
「着くまでナイショ。」
言われると若干腹立たしい、あの頃の百均前の自分を呪った。作ろうとした朝食に待ったがかかったのは30分前。曰く食べなくていい所。言われるがまま走って乗り込んだ電車はまだ午前7時代。最近そんな時間に起きてすらいなかった事態に漸く気が付いて、車両の隅で赤面したのも同じく30分前。真夏のラッシュは堪えるらしい。
「腹減ったさ…」
「さすがにな…」
誘っておいて項垂れるのもどうなんだ。その無責任が本当に無責任じゃないことは最近知った新情報だ。
「ポッキー食う?」
「普通車両で食べない!」
「ええー!?好きじゃねぇかよ天化!」
そのあたりの事情にイマイチ詳しくない辺り、それだけはちょっと図りかねること。発の考えなし、天化の母似気質、所謂それぞれの家庭の事情。何処だろう?つぶつぶイチゴつぶつぶイチゴ。恨みがましく唱える口を盗み見て、天化の目は駅の案内図に移行した。何処だろう?此処は。根本的に自転車圏内移動の脚が向かう場所でないらしい。押し潰される電車の隅。少し息が苦しいのは目の前の背が勝手に伸びたからなんだ。香水くさいからなんだ。照れ隠しは下を向く。
「あ?なに?」
「なんでもねぇさ」
目が、止まりそうで、
「……天化?酔った?」
慌てて首を振った。
怪訝そうな声の下に増える子供の数たるや尋常でない。夏休み、雑踏の大人の足子供の足、繋いだ手。まだ?ねぇまだつかないのー?催促の声で冷や汗が出る。
サプライズ前に確信する、着くまでナイショのその答え。
何時もより上がる浮かれ調子の発の足に動悸が高まる夏の日差しの下のアスファルトが、色とりどりの風船の影に重なった。
「行くぞ!」
思わず引っ込めた指の先。遊園地。遊園地。記憶は遠く旅に出る。首を傾げる発の影が曇った天化に重なった。
「うまいな。うまい?」
「……ああ…うん」
互いにさして手は進まないアトラクション手前のレストランで、一本足のグラスの氷が解けて二層になった。薫るスパイスは慣れたものより幾分生臭い。青いチーズに熟れたアボカド。グラスかと思ったガラスは初めて目にしたフィンガーボールで、指を入れたらそれはただのインテリアだからと珍しく困り笑いの人がいた。
「…すげぇ人気なんだってよ。カップルアンケート年間1位っつって。予約しないとマズったかなと思ったけど2000円ならいい方の味だよな。」
「は?」
「ラテアートは今度来るっきゃねぇかなー。今からじゃ並ぶよな?どうするよ?」
「…うん、いや別に。そこまでコーヒー好きじゃないし」
最後に来たのは1年と少し前。車で来たから経路に気付けなかったそれは、天祥の幼稚園最後のゴールデンウィークだと記憶していた。間違える訳もない。動きが鈍る脚に、やはり勘だけは良いらしい発が下を向いていた。タイミングは多分十分悪いけど。大体なんでチープなこどもの国の外れでお高いレストランに入るんだ。
「…マグロは白飯で食べるもんさ」
目の前のマグロとアボカドのタルタルバケット。きっと根本的に文化が違って価値観も違う。不味いとは思わないのに。
「…サーモンはパンで食うじゃねぇかよ」
天化の目が斜め下なら発の目は斜め上。ほら、合いっこない。
「メロンと生ハムもサーモンも、マグロとアボカドも食わないさ」
「んじゃあもうお前酢豚にパイン入れんなよな」
母の影。
「すぐ子供みたいなこと言う」
「お前がだろ」
言われて気付く"王様"の気遣いらしいこの料理は、ああ、確かに彼の嫌いな野菜が入ってない。俺っちの飯より菓子パンかい。少し前に家族に投げた独り言と同じこと。
料理が不味いなんて一言も言ってない。
――小さい頃に引いた手もあっという間に天爵に譲って、いつの間にか天祥に譲った。のに。最後の遊園地はふくれっ面で通したと思う、もう子供じないさ!ちょっとの意地が未だに脚を引っ張った在りし日のワンデイパスポート。
「あいつ、天祥さぁ。喜びそうだよな。」
笑う声に答えられる力がない。満たされない空腹と悔しさと苛立ちと、加速して止まらない暑さと寒さが。ラストの氷が悲鳴を上げた。大時計の針がひとつ、
「なぁ」
発の声は静かだった。
「…は…」
「は?」
「母親がいるって、どんな感じ?」
「…王サマ?」
「いやーそれが俺覚えてねぇんだわ、きれいさっぱり後腐れねぇけどな!た、あー…弟抱いてたのは多分…覚えてるけどよー」
他がさっぱり。顔とか全然。生きちゃいるんだろうけどな。顎を引いて笑う声がしたのはそれぞれの家庭の事情。グラスの下の真っ白なクロスが惹かれるのはいつだって暖色の食卓なんだろうか?
空調の音の隅から聞いてみた胸の中の自問自答に、バゲットの上でサイコロのマグロが二つ転がり出した。
「うん。」
飲み干した水は年相応に乱暴な音。それが今、目の前にある当り前で、
「なんちゅーか、アイロンみたいな匂いさ。」
「あ?石鹸とかじゃねぇの」
「んーん、あれはアイロンさ!」
他の誰でもないこの人の今を感じる為に、後にした家族と家があったんだったと思い出す。たぶん。サブグラで被った暴れるホースと、テスト前の屋上で浴びた天然シャワーに乾いて張り付くポリエステル。太陽が求める蒸気の匂いの、
「混ざった感じ」
「やっぱ天化意味わっかんねぇ!」
くすぐったい懐かしい平和の香り。
ワケわかんねぇを繰り返す口がおおらかに笑えばそれでいい。たぶんそんな。
「…ああ、あのよ、ガキの頃庭出るとハーブとか植わってたんだけど」
「うん」
「たまに水まいた後にさ、…すげぇ小さい虹が出てて」
「うん」
――それは覚えてる。
「多分いつものお手伝いさんじゃない人なんだよな」
俯いてすぐに噛み殺した欠伸と飛び上がる伸びのフリ。涙を見せるられる程大人じゃなければ、消化出来る程噛んでもいない。
「王サマ!これ食ったら案内するさ!初めてっしょ?遊園地」
「…まぁな」
「行くさアトラク全制覇!」
「おう!」
そうこなくっちゃワンデイパスポート、今は大人料金だ。振り返り様の逆光の笑顔が二人分。青空に駆け出した。

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