雨雲(1/3)




「それで――もう身体はいいのかい?」
容赦ない日差しに柔らかな目が差し込む日。
「おう、なんつーか寝て食べたらばっちり」
「無理しない方いいって言ってんのに聞かねぇんさ王サマ」
束ね髪をそよがせた溜め息の楊ゼンを尻目に、黒い頭二つに釣り目と垂れ目がそれぞれ一人、仲良く並んで瞬いた。あれから3日が過ぎた道場は、少し遠退いた雨雲の足跡に相変わらず蒸し暑い。
「…あー…寝て食べたらばっちり」
「何言うさそこ!」
「嘘じゃねぇだろー?昨日だって」
「もっかい倒れりゃいいさバカ!」
「それだけ暴れる元気があるなら外周走って貰おうか」
今度こそため息が盛大に響く道場で、
「んなの嫌さ!やっと出てきたのに!」
「いいじゃん、二人っきり」
駄目だ、二人を同じ場所に置いたら。食らい付く剣幕で噛み合わない会話に、結い上げられた楊ゼンの髪が一房肩に落ちる。ため息と日差しの攻防後、
……駄目だ。病み上がり二人を監督なしに延々走らせる訳にいかない、見取り稽古では最早納得しないだろう。しかし既に黙想を始めた金タク達についていけるか、否いけない。その結果が3日前だ。蒸し暑い床の臭い。
「……全くあの人は人が悪い」
「あ?」
独り言に目を丸くするこの新人が、なんの因果で此処にいるのだろう。
「みんな僕に押し付ける気なんだから」
「なにがさ?」
きょとんと見上げる暴走児に、なんと言えば説明がつくのだろう。悩んでも答えのないことに髪がまた一房。正顧問ではない学生に指導を任せている時点で、此処は絶対的な時間と人員不足だ。
「仕方ないな、今日は二チームに別れて稽古を」
「たーのもーう!」
髪を結い直した楊ゼンを遮ったのは、道場の戸から響いた何処を取っても夏に似合わない暑苦しい夏の風物詩だった。

「君ねぇ!金輪際道場の門潜らないように言った筈だけど!」
「まーぁまぁカリカリすんなよ」
「君の所為だよ君の!」
意味がわからない、のは今年からの新部員二人を残すのみ。
「今年もバイト代〜…っと、お前ら外部組…だけじゃないか。そっちの赤胴は内部組の姫グループの坊っちゃんだよな。発っつったかぁ?」
意味がとにかくわからない。完全に置いてけぼりの発と天化を尻目に、
「久しぶりー、韋護」
金タクがこれ以上ない程目を細めて微笑んでいた。

「そんでバイト代はよ?」
「だから頼んだ覚えはないよ」
「普賢に正式に呼ばれたぜ?」
「あっ…の人もまた余計な独断を…」
溢れる情報量についていけないのはいつものことだ。顔馴染みらしい縦縞のシャツが風を飲み込む道場の床で、大人には幼い生徒人数分の防具が並んだ。
「なんだ、なかなか様になるんじゃねぇの」
「だろ?だってよー天化」
軽い調子の流し目二人。何はともあれ、見学なしに正式部員が揃うのは今年度初めての換算だ。
「とはいえ姫発くんにはあの練習は無理だから」
「んだとぉ!?」
走りに飛び出た外周に不満の声が響いていた。

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