似た者同士(1/2)




薄暗い空から切り離された真っ白な空間は、ありきたりな既視感と真っ白な温もりの太極に包まれていた。
「すみません、不調に気付けなかった僕の監督責任です」
「うーんと、そんなことを言ってる訳じゃないんだけど…」

糊で乾いた淡いクリームのカーテンと揃いのクロスがかかった机の隅で、日課のジャスミン茶の湯気がゆらゆら揺れる。
「そんな言い方されても彼は喜ばないと思うしね。」
まるでその猫毛を象ったような湯気は、楊ゼンの長髪の先も跳ねさせようと舞い上がる。
「だから明日からは、彼の防具のことも考慮してあげてよ」
「……わかっています。では僕は一度道場の部員に状況を」
「楊ゼン。」
「――…なんでしょう?」
「キミも休まなきゃ。僕から見たらその方が先決だよ」
「ありがとうございます。―が、心配には及びませんよ、学内の健康診断も人間ドッグもオールクリアですから」

一礼して翻した背と締まった戸を、ふんわり新たな湯気が包んだ。

「だからそんなことを言ってる訳じゃ――……と、そろそろ動く頃合いかな」

「王サマ何処さ!?」
呟いた独り言を吹っ飛ばして風が飛び込んだ。思った通り、一通り話終えるまでは、この剣幕の人間を木タクが死に物狂いで押さえていてくれたらしい。
「1年A組黄天化。まず最初はなんだっけ?」
「……失礼しま、す」
垂れた目で半分睨みながら言うのもどうなのだろうとは、互いに思わなくもないけれど。
「どうぞ。あ、今更だけど今からでも静かにね」
ここに世話になるのはまだ2度目されど2度目。どっちも不本意な来訪に、次はないようにと願うばかりだ。
「……王サマは」
「落ち着いたみたいだね、キミも」
「…どんな意味さ?」
「さっきは相当取り乱してたから」
脳裏を掠めた煙草の影は、二人して喉に飲み込んだ。掴み所ない笑顔と苦虫が今まさに潰れたばかりのバツの悪い子供のくしゃくしゃの笑顔。
「君は優しいから。親しい人が目の前で倒れたら心配だものね」
「こうして話してられるってことは、平気ってこと?」
「うん、もう大丈夫。熱中症による軽い脱水だね。さっきちゃんと水分は摂ったし、幸い熱はないから」
「……そっか」

着席の許可も下りる前に、三人掛けの黒いソファにとぐろを巻いて崩れ落ちた。
「ふぁー……ほんっとに…」
――心配した。ら、安心した。崩れる身体は床近くまで滑り落ちて、三角洲の如く妙なあぐらに落ち着いたらしい。
「彼、かなり酷い寝不足みたいで」
「ねっぶ…ふぅん」
「これだけ毎日暑いと堪えるからねー。君も随分辛そうだけど」
「俺っちはなんでもねぇさ」
「思い当たることはない?」
「なんで俺っちがンな…ッ!!」
「仲が良いみたいだから。悩みがあるとか遅くまで勉強してるとかゲームしてるとか、なにか知らない?」
「あー…ああ、うん、そんな感じさ」
「うん、"そんな感じ"ね。」
笑いながら記録帳に万年筆を走らせるカウンセラーに、あぐらの悪態が髪を掻いた後ソファに戻る。実際なんと書いたのやら。
ふわふわふわふわ、不思議な空間。

――寝不足。

確かに猛暑の最中ほとんど寝ていない。10日近く、十中八九違う理由で。
チクリと痛んだのは良心だろうか、悔しさだろうか気まずさだろうか、なんだろう。
「彼の防具のことなんだけど」
「防具?」
「さっき楊ゼンにも同じ話をしたんだ。キミもわかるだろうけど、男子剣道の防具の総重量は約10キログラム。」
掴み所なく微かな声は続く。
「うちの部は予算削減の為に代々先輩からのお下がりで学内貸し出しの物を使ってるよね?」
「俺っちのは中学んときから…あ、あ」
「うん、わかった?彼の防具は"新品"なの」

目が合った。
初めてかも知れないそれは、穏やかながら今なお同じ剣士のそれだ。わかることはたったひとつ。

発の防具はまだ動かない。

固い鹿の革と金属と竹。自然から産み落とされた固い鎧と刃は、身に付けた所で動きやしない。何度も何度も打たれるうちに、洗練されて自分の身体に合うように、
「それで熟練者のキミたちと同じ稽古はあんまりだよ」
柔らかい自分だけの鎧に生まれ変わるんだ。
「……王サマ、そーゆーのホイホイ買っちまうからさ」
動く筈がない。肩を上げるだけで一苦労なんだ――。
「ホイホイじゃないかも知れないけどね」
ふふ。湯気の向こうで癖毛が微笑んでいた。
「…うん」
てんかちゃーんなんておどけながら、真新しい防具の入った袋を自慢気に引き摺ってきた姿も、粗末に扱うんじゃねぇ!だの、怒ったのも。
そもそもまだ数週間前の話だ。押し流された些細な記憶が笑顔と共に蘇る。とんでもない無茶を駆け抜けてきたんだ、あのへらへらな笑顔で。
「…気ぃ付けるさ」
「うん、なら良かった」
独特のテンポで白い部屋に射し込む陽に、やっと穏やかに息を吐き出した。淡いカーテンに包まれた向こう岸も、穏やかな陽と寝息に揺らめく夕立の後。
「そうだ。彼のことで聞きたいんだけど」
「なんさ?」
ゆらゆら、湯気の中。
「最近食生活が乱れてたりする?」
ゆらゆら、
「全然!しっかり食べてるさ。前はカップ麺ばっかだったけど」
「そっか」
ゆらゆら、そのテンポで首が傾いた。
「少し食事を戻した方が良いかも知れないな」
「なんでさ!?俺っちちゃんと栄養考えてるかんね!」
信じられない不健康な言葉に思わず飛び出した。へばりきったソファが気の毒に凹んで軋む。なんでさ!なんで?静かにね、なんて漂う声は、当然の疑問に掴みかからてもゆらゆらゆらゆら笑うだけ。

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