似て非なる背、門出の日(1/1)




スラプスティック喜劇ばりにツッコミズッコケ、すっかり出鼻を挫かれた父と担任の小喜劇。ここで負ける訳にはいくまい――背中を押すのはかつての悪友。大好きなあの声援だった。


「――んじゃ、前置き苦手だから一気に行くさ。」
そう切り出したのは天化だった。普通は担任の役目だろう第一声だが、生徒の自主性を何より大事にうんたらかんたら、この担任はそういった人物のはず。天化の確信通り、咎めかけた父に目配せひとつした担任は無言で先を促した。

「俺っちは、調理師になりてぇさ。」

その声の、凛としたこと。
心の中で力一杯握り締めたA4サイズの印刷物。そこが真っ黒に文字で埋まるほど、

「調べたんだ。調理師になる方法。」

調べたんだ。決意を持って語る。父が息を呑む音がしたが、それはそれ、父は父、天化は、天化だ。

「ようやくわかったさ」

ようやくわかった、追い続けた背中の弱さと強さ、自分の強さと、目を逸らしたくなるような弱さと頑なさ。
「調理師になるにゃーひとつは調理師学校だけど、俺っちんちの現状と、俺っちの今の学力じゃ厳しいモンがあるって分かってる。だから――」

す、と風が、通り抜けたような気がした。それは本当に風なのか、懐かしい匂いのするものだった。気のせいだろうか?ガタンと音を立て、古い椅子から腰を上げる天化の姿。
大きくなった背中が真っ直ぐ折り曲げられて、頭を下げたのだと、後から気付くのは担任と父の驚いたまなこだ。
「頼むさ、高校出たら、住み込みで働ける店を探したい!」
「なっ、」
「オイ天化!おめぇ大学は――!」
「大学は行かねぇ!!」
切り裂いた声はまたも天化だ。反論を待つまでもなく、先を見据えた声は続く。
「大学に行きたくねぇってんじゃねぇ。けど、……天爵に天祥、……あいつらの事と自分の事、天秤に掛けながら顔色伺って一刻を争う家ほっぽって一般教養モラトリアムなんて、俺っちイヤさ!」
「天化!なんつーこと言うんだオメェは!俺はお前に大学行かせる金くらい――」
「だから!それが違うっ――違うんさ!!」


俺っちは、親父の役に立つ料理人になりたかった。
本当にそうか?
親父の役に立てなくても、俺っちが、なりたいのは――ほんとうの俺っちに、誰か気付いて。違う、気付くのは、

「俺っちが俺っちらしくいられて、家にも金が入れられて、……誰かの笑顔が見られる料理がしてぇ」

自分だ。

それは誰に、習った感情だろう。
ひと夏の笑顔が蘇っては背中を押して言葉が流れ出る。

「調理師免許を持って独立したヒトの店で二年以上勤務すりゃー、調理師学校出たのと同等の調理師免許は取れるってわかってっさ!だから、センセ!オヤジ!…お…おとう、さん。」
「天化……っ」


「俺っちを、働かせて欲しい、っ!」


そう、もう一度頭を垂れた。土下座なんて自虐はしい。ただ粛々と礼を尽くすこと。それは自分が剣を通じて先輩に教えられ、誰かに教えたことだ。生きている。今までの毎日が全部、灰色の日も真っ暗な日も冴えない日も真っ白になった日も、赤と白のハレーションで幸せに満ちた暖色の日も。すべてが糧となっている。

「…と、こう言っているが父君は如何かな?」

そんな飄々と人を試すような声が親子を覗き込めば、椅子にどっかり座った父すら小さく見えると今知った。
「いやぁ…まいったな」
頭をひとつ掻き毟り、照れ臭い指が語る。
「あの頃の俺と似てる。―が、俺なんかよりゃーずっと、家族のことまで考えてるたぁまいったぜ。俺が知ってるのはいつまでも俺についてくる可愛いボケ息子だと思ったんだがな…天化」
「オヤジ…」
「後悔は、しねぇか」
「っ、しねぇ!」
「後悔しても、立ち上がれるか」
「――それはもう、何度だってしてるさ」

そうだ、今だって。
煙草の毎日だって。

「そんな時よ、オメェを引っ張り上げてくれる友はいるか?」
「ああ、いるさ」
「間違えたなら引っぱたいてくれるか?迷ったら胸を借りられるか?前を向けるか?互いに、だぜ」
「ああ、間違いないさ」
「なら、そのダチがいつか離れても――立ち上がり方忘れねぇか」
「……うん、きっと、離れても繋がってるような悪友だから大丈夫。舐めてもらっちゃちと困るさ」
「……だそうだ、太公望殿。もう、親父として見せられる背中はここまでだな、天化」

大きく、なったな。

くしゃりと髪を撫でる手が、"これが最後だ"と告げた。

「へへっ!」
「ははっ、俺に似て破天荒、賈氏に似て人との縁も恩もあるとくりゃー、こんな嬉しい門出はないぜ!」
「うむ、」

――では。そう耳が認識したのはあののらりくらりの担任の、凛とした低く響く独特の声と、間だった。親子の感動に水を差してすまぬのう、とも。

「反撃といかせてもらおうか」

ゾクリと背が冷えたのは天化だけではないだろう。ピリリと空気が冬に近付いた。お得意の指し棒を遊ばせた担任はゆっくりと手元の資料を閉じて言う。

「天化よ。おぬし、進級が厳しいぞ」

それはそれは、重くのしかかる一撃だった。思わず飲んだ唾すら忘れて呼吸がひゅっと先走る。叫び出しそうだったのは本人よりも父の方で、そっとその父を制したのが天化であったのは担任の予想の内か否か。満足気に、しかし厳しい荘厳な目で天化を捉えて離さない。
「進路については家庭内でも方向性が決まっとるようだが、このままでは三学期の授業を受ける間もなくここを去ることにすらなるかもしれぬ」
「……センセ、一つ質問いいかい?」
「む?」
「センセーが言ったさ。"このままでは"って。てことは、打開策があるんだろ?」

"やはり、感は鋭いようだのう"

面食らうのは鬼の現国・太公望。
この感覚こそデジャヴュ。あの夏の道場脇のベンチの上に、二十年以上昔の決勝戦――そこにいた黄飛虎に感じた剣のそれ。敵わないと頭をひと掻き、すっかり安堵した髭の父に闘士を燃やしたその息子。
「わかっとるなら話は早いが、わしのすることはサポートだけだ。上手い話などひとつもない、そもそもそれでも巻き返しは厳しいぞ?」
「……やるさ、絶対。絶対絶対、進級して、卒業してみせっかんね!」

似て非なる背は動き出す。決意を秘めて上履きが床を鳴らしていた。

2015/05/17


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