シーソーゲームとひとりしりとり。(1/3)




いつまで子供でいられるだろう。

ふと頭を掠めた疑問に、天化は首を左右に振った。
ついこの間まで必死に大人になろうとしていた筈なのに、自分はこんなに弱かったっけ?甘ったれた考えを打ち消せる程、まだ大人ではなかったらしい。
保健室から走って戻ってきた発に驚く暇もなく、腕の中に抱き締められたのは四限の始まる少し前。天化、天化……――。ただ二回だけ名前を呼んで顔を上げた発に、なんと返せばいいのかわからなかった。

あまにり花みたいに穏やかに笑っていたから。

あのお調子者のそんな笑顔は数少ない絶滅危惧種の表情で、ついでに言うなら、なにか無理を抱えながらのカオだ。だけど知ってるもう一つ。なにかを決意した、そんな瞬間のそれだ。春からの短い触れ合いの中で天化が知ったことはそのぐらい。それ以上に踏み込むのは、なんだかフェアじゃない気がした。意地っ張りと負けず嫌いは口を閉ざしてシーソーゲーム。


早く大人にならなくちゃ。
いつまで子供でいられるだろう。

真逆の想いに張り裂けそうだ。

真っ直ぐ帰ると告げた発に着いて行くのもなんとなくフェアじゃない。そんな気がして乗り込んだのは、新入生オリエンテーション以来のコンピューター室だった。季節を過ぎたクーラーがキツイ場所。保健室と並んで真っ白のクリーンな世界。
「うへぇ…」
"入室には生徒手帳と学籍ナンバー、割り当てられたコンピューターIDが必要です。"
そんな訳の分からない御大層な管理に舌を巻きつつ、校内を独りで歩くことに違和感を感じる日が来るなんて。少しくすぐったくて、少しだけ胸に吹き込む空っ風。赤と灰色のチェス盤みたいな四角い絨毯。一つだけはがされて床が見えているのは、持ち込み禁止の飲食物を零した生徒がいたからだそう。口を酸っぱく、今日初めて会う管理員に怒られた。なんだって俺っちが。
そう眉を寄せて舌打ちする天化の口元。カチ、と見慣れないマウスと検索ボックスが動き出すまで、障害物が多かった。

でもそれが、なんとなく大人になったことみたいな、そんな気がしなくもないけれど。



下校時刻間際にプリントアウトしたA4用紙を鞄の奥に隠したまま、四兄弟中三人分の「ただいま」と「おかえり」が揃ったのは、午後9時を回る頃だった。天祥は先に「おやすみ」を告げて夢の中。添い寝が必要なくなったのは寂しいことか喜ぶべきか。複雑な兄心で笑い合う天化と天爵と。
先に自室へ引き上げたのは宿題を抱えた天爵で、天化は父を待っていた。回る翌朝0時。

きっと誰かさんも気にしているであろう三者面談のわら半紙。桜の頃と違うのは、父が来てくれるだろうという期待と確信があるところ。なんとなくそれは居心地が良くて、天化は肩を竦めて一人笑う。ふわっと頬が赤くなる。オヤジはきっと来てくれる。ただしそれは休みが合えば――だ。そして何より、その三者面談、自分がなにを示すか、だ。
まだまだ課題は山積みで、助けを求める誰かはいなくて、そもそもそんなの情けなくってまっぴら御免こうむりたい。
そっと居間の机に並んだ三点セット。夜食の炒飯、三者面談のわら半紙、書き置きと言うにはさっぱりし過ぎた広告裏のメモ用紙。

"おかえり。俺っちの日は13日か14日の一番遅い時間にしてもらうから、オヤジも休み取って欲しい。天化"

顔を見るのは気恥ずかしいから、そろそろ部屋に引き上げよう。

意地っ張りな高校生のプライドが存外厄介だと知った。

[ 1/3 ]



屋上目次 TOP
INDEX


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -