誰の言葉で(1/2)




あの日から抜け出さなくちゃ、大人にならなくちゃ、早く、早く。
じゃないとアイツは先にいく。そーゆーヤツだと解釈してて、多分それもあっていて、"オメーもこれぐらい色気ある匂いのひとつさせてこい!"と発のフレグランスを指して笑う彼の父親は、やっぱりアイツの父親だった。

「うあ゙ー腹イテー…」

ぼんやり薄目を開けた遮光カーテンの隙間で、食べ過ぎたフロートと、走り過ぎた立ち漕ぎの自転車を思い出した。発の指が隣のシーツを一撫で二撫で、
「……って、いねぇんだっけな、もう」
そうだ。──宙を引っ掻いた冷たい指で額に張り付く前髪を持ち上げて、手のひらに張り付く一本の髪の毛。
親父って、もう髪薄いんだっけ?いやいやんなわけねぇだろ、どっちかつうと帽子好きの弟のがやばい。年齢的にあれはマジでないないない、まだ中3とか信じらんねぇ!
そんな独り言を送り出してから、ご丁寧にため息が追い付いてきた。
もう半年、父の顔も弟の顔も、兄の顔も見ていないこと。だから実際の中3な弟は見たことなんてない。思い出しすぎた、バカらしいあたたかい煩わしいこと。

「……ったく、あ゙ーーもう!畜生!!」

ぐちゃぐちゃに丸めた灰色のわら半紙と、清書用のA4用紙の格差ってなんなんだろう。生徒用と保護者用。
二つ並んで、クチャクチャゴミ箱にナイスシュートが決まったらしい。

曰く
「わしの一番面倒な仕事が始まる。」
その名も三者面談!担任がそれなら受けるまでもない。
秋の訪れにくしゃみをひとつ、発がタオルケットをはね除けた。




パン!──この日の目覚ましは打ち込みの一本。まだ太陽には早い時間。少しの銀杏の匂いの並木道に、胴着と竹刀とスニーカー。埃を舞い上げて、ゴムが焼ける臭いがした。
「お・お前さん精ェ出んなぁ?惚れた男の為ってヤツかぁ」
「──るせぇなぁーっ…韋護だって似たようなモンだろ?」
「あちゃちゃーバレた」
「当の楊ゼン以外は気付いてるっての。隠す気ねぇ癖に」
頭を掻きむしるチューリップハットのOBは、新学期も暇を貫くらしい。剣道部のバイト代がそんなにいいとも思えない。そう問う発に返ってきたのは、
「見返りを求めねぇのが愛ってモンで、求め合うのはスキってもんなのよ。だからチグハグでもギブアンドテイク。わかるか?」
「わかるかンなもん…」
「いやー、わかりかけってな顔してんな。惚れて掘ってりゃぶつかる問題?」

意味深に大柄の手振りを残して、
「ほんじゃぁ野次馬の茶々入る前に、ちゃちゃっと一本行きますかい!」
そしたら朝飯前昼寝に昼飯!締まらない号令は、今日も二人にかかるのだった。


「姫発君……頑張ってはいるようだけど、追い付けるかどうかは別問題だね」
「……うん、まぁね。もとが弱っちいし」
所変わって秋風の道場は、並木道より10も20も先をいく。打ち合う音に重なる闘志。ぶつかるつばに突き上げる切っ先で。天化の腕が震えていること、気付いたのはさて何人?
「それで君はなにを焦ってるんだい」
バチン、と弓の裂ける音がした。
「文化祭の間の部活休みを取り戻してぇさ」
弾かれた手を下ろした黒髪は、前を睨んで手拭いを閉め直す。早く、早く、あの日から急いて止まらないキモチが早く──
「……にしては、また落ち着きない剣に戻ってる」
「──わーってるさ!ったく楊ゼンさんはいっつも俺っちにばっか!!木タクのがのたのたやってんのにさぁ」
「木タクは礼儀も含めて本当によくやっているからね。それに彼は試合の成績よりも昇段を望んでる。良い選択だと思うよ。ああ、剣の善し悪しではなくて。その道で"彼らしい剣"を振るえるのなら、それは師範代として尊重したいし……」
たおやかに靡く長髪に、
「楊ゼンさん、……それ、ほんとにあーたの思ってる言葉さ?」
挑戦の火蓋が炎を上げた始まりの日。

「馬鹿な。僕の言葉じゃなかったら、誰の言葉だって言うの」

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