溶けるオレンジ(1/3)




信じられない。この暑さで2学期だっけ。

飛行機雲を尻目に、確かにもう9月らしいざわめきを聴いていた。そうそう、この匂いが9月なんだっけ。高く続く青天に最後の蝉の羽の音、汗を浚う風が少しだけ冷たかった。

「……おれぇ?」

素っ頓狂な声が上がった放課後のこと。
なんで?少し伸びたレイヤーの髪で教室の後ろを廊下に向かってひょこひょこ歩く。発ちゃん背ぇ伸びたよなーなんて声がして、そう言えば、相変わらず隣の席の9番は教室内では無難にクールでいるらしい。ほんのちょっと睨んだ牽制のそれは、成程──相手があの女子だからだ。春には大げさに肩だの腰だ、言えない場所まで抱いたんだっけ。居心地の悪い後悔に髪が散らばる。

「あーお前らちょっと待て!部活行くな!」

発の号令がかかったのはそれから数分後だった。
群がる群衆訝しがる連中。そりゃそうだ、発だって早く帰りたい。意気揚々竹刀袋片手に歩き出した首を掴んで、白いYシャツがクラスに叫ぶ。

「明日までに決めなきゃなんねーんだってよ!」

翻る明日が期限のわら半紙。判の文字は掠れていた。

「え?うち研究発表じゃねぇの?」
「なにやるの?」
「それもめんどくさいじゃない」
「ってか今から?なんも決めてねぇよ?」
「そもそも誰だよ、文化祭委員」
「いやーさぁ、それがどうも俺らしいんだわ」

確かにそうだ。誰も決めた覚えがない、しかし発がなった覚えがなくても他になった覚えのあるヤツもただの一人もいなかった。ほんとだぁ学級日誌の隅っこにいるわ!書いてある!!
にわかにざわめく教室で、わら半紙とYシャツが揉みくちゃになる。なにやるの?口々に放つ無責任が徐々に白熱するのも恒例行事なら、
「はいっ!私ケーキ作りたい!」
「やった!蝉ちゃんのケーキ!」
無礼講になるのも恒例行事だ。私もー私もいいよー女子全員?男子は?生クリーム!ホールケーキホールケーキ!ウェディングケーキ!急速に高まるケーキ欲求にクラス中が沸いていた。翻るわら半紙。
「……ホールケーキって家庭科部の名物じゃねぇか?まずいだろ」
「じゃあカップケーキでいいじゃない?リボンかけてお土産にすれば?」
「それなら前の日にみんなで焼けますわ!ラッピングも用意します!」
再びざわめく教室が、

「素人作じゃ夏場に二日ももたねぇさ。最初っから腐らないんなら加工品じゃなきゃー」

一斉に見つめ返す先の黒板にもたれかかった大きな垂れ目。

「……い゛?」

答える唇が固まっている。――こいつだ!

瞬時に変わる揉みくちゃの対象。
まるで初めての事象にドギマギするのはその対象本人のみだ。ばーか、今更気が付いたのかよ――道場の周囲のギャラリーの対象が楊ゼンのみじゃなくなったことも。


ねぇねぇなに作るの?
作れるの?
こいつ発ちゃんとファミレスにいたぜ!
左右に困る頭と詰め寄る観衆。相変わらずのドギマギの助け舟は、
「ほらよ!天化の質疑応答受付はこっちこい!」
いつだって自分が船頭だ!始まりはそんなカレシのプライドだった。

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