猜疑心(天発*)(2/3)




「んう…」
幼いあのキスじゃない。このもやもやが嫌だ。
「今日は抵抗しねーんだ?」
囁いたら腕の中で天化の頭が困っていた。当たり前だろう、あんまりな言いぐさに発の胸は痛む。
「……別にいつも抵抗してねぇさ」
それはそれで見当違いだ。乱暴になんてしたくない。いつの間にか焦れったそうに身を捩る天化に、胸の中がかき混ぜられたまま、キスは止まない。
「……っ」
撫でた脇腹。発の髪を掴んだ指が震えて腰が少しだけ宙に浮くのは、最近出来た声に出さない"もっと"のルール。──いやだ。服はとっくに着ていないから、合わせた胸の靄まで見透かされそうで、だから嫌なんだろう。
「……王サマ?」
いやだ、ベッドが鳴いた。

俺、高校行かねぇからな。

言ったのはカマかけだった。驚くだろう父と兄の顔を見たくて、恐らくはそれで良いと言われたかった。
「高校には行きなさい。」
知るか、結局おやじも学歴かよ──。
"人それぞれの個性と特性を否定してはいけない。"
都合いい嘘ばっか言ってんじゃねぇか。卑屈な気持ちを投げつけて、
「発よ、あの学校は」
「家出てっていいってんなら行ってもいいけどよ」
また笑顔でカマかけだ。困惑なのかなんなのか、顎を引いて思慮を巡らすその父親は、なら住む場所を用意しよう。すぐに迷いなく言い放つ。こうなりゃ自棄だと指定した高級住宅地の高級マンション最上階に、今こうしている事実。ああ、結局それかよ。
卑屈な次男は家を出た。

完璧な伯邑孝あんちゃん、優秀な旦、家族想いの可愛い可愛い雷震子。じゃあ俺ってのはなんなんだ。親父に瓜二つがウリの、頭も悪けりゃ聞き分けも悪い、金と世間体の為のわがまま次男か。

「……っうサマ」
「王様って言うな!!」

突き放した腕の先で丸い目を丸くして、瞬きを数回。赤い顔の大好きな筈のその口が、たまに凄く嫌になる。
「…ごめん、"発"」
「取って付けてんじゃねぇよ、畜生」
背を向けて潜ったタオルケットの背後の口が、もう一度ごめんと言うらしい。本当に嫌なのは、
「……やっぱ止めだ」
自分自身なのに。発の目は動作を止める。ずきずき痛む喉の奥と暴れまわる胸の中で、コイツはなんで此処にいるんだ?問いかけてみても答えはない。当たり前だ、声に出していないから。知りたくて知りたくない。タオルケットを引っ張った。
「……発?」
一瞬の隙で背中に吸い付いたらしい声と重なる肌に胸が痛い。迷いながら天化の手が蠢き出して、発の腰に触れていた。
「──なに、足りねぇの?」
随分酷い言い方だ。怒れよ、念じて下を向く。
「……うん」
なにに戸惑っているのか本当に足りないのか、肩口で呟いたその手が、恥ずかしそうに発の身体を探り出して、その感触に小さく、あ、とだけ驚いていた。
「わりぃけどそーゆーことだから。今日は閉店。止めようぜ」
吐き捨てながら胸が痛い。
「寝直すわ、起こすなよ」
身体と心は別なのか同じなのか、天化の指に泣きたくなる。そもそも朝じゃないか。──怒れよ、
「少しだけ」
信じられない声がした。首筋に控えめに落ちた唇と、柔らかく上下する指の感触。胸の痛み。
「止めだって言ったろが!!」
「ちょっとだけさ、……その…俺っちも触りたい…」
耳元で声がした。意志を持ってはっきり響くあの声。本当に一瞬で指は離れて、背中と首に唇が降る。なんでだろう?考えたら泣きたくなって、
「王サマが言ってたのって、こーゆーことなんかなって」
首筋に埋もれた声が、堪らなく心地好かった。ばか。甘えたい、甘えたくない。置いていかないで。生まれた猜疑心に追い掛ける恋心。
「ちゃんと触ったことなかったから」

好きなヤツは全身触りてぇの!

あの言葉もあの気持ちも、やっと共有出来ただろうか。それともずっと共有してた?考えるうちに、天化の唇は忙しいらしい。音もなく発の背中を辿る、隅から隅まで。官能的なそれじゃない。多分。耳元に潜った鼻先が、ゆっくり酸素を吸い込んだ。
あの荒っぽいあの天化が、前技いらない派の天化が、ツンでデレでエロでウブ、恥ずかしがりのアイツが。理解する頃には胸が熱くて、ああ、背中ばっかりなのはお互い真っ赤な顔を見たくないからだ。天の邪鬼と負けず嫌いに、少し笑いが込み上げる。
「発…」
唇は降る。楽し気に。可愛く、幼く、だんだん少し苦しそうに。天化がこっそり腰を引いたのも気が付いた。抱き締める腕は困りながらも強いらしくて、こっそり鼻をすすったのは発。
「……やめろよ」
「いやさ」
離さない腕に力が宿る発の脚。また滑り出す唇が嬉しいらしい、二人共。
「…王サマ」
「っギャ…なな…なにすんだバカ!!抜けよ!!」
するりと潜り込んだ指先に、
「触んな!!ぬけって…」
「王サマも気持ちいいんかなと思って」
「良くねぇよ!!抜けってば!!」
ピリピリ走る痛みと共に身を捩って抗議の為に覗き見た天化の顔が、正に覚えのある顔だった。息を飲むくらい。見たことはないのに見慣れた顔。ぶつかる目と目。真っ赤になって伏せたのは、やっぱり天化が先だった。

「……入れたいっつう解釈すりゃいいワケ?」

──自分がいつも天化に見せているだろう顔。

随分な言い方だと思う。言われた黒髪が真っ赤になって後ずさる。確か最初に会ったとき──あの屋上とあの情事の中で、コイツは一生チェリーなんだろうなんて思った筈だ。それでも強情らしい人差し指の第一関節に、火が着くように目の奥が熱かった。それを貰うのが自分?奪うのが自分?
「……ちゃんと優しくするさ」
「ンな鼻息で言われてもよ」
今度こそ火が着いた真っ赤な鼻の頭に、そっと触れるだけのキスをした。
優しくしろよ、と呟いて。

[ 2/3 ]



屋上目次 TOP
INDEX


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -