よっぱらい(2/2)




流石のバイタリティーは二人共々。手渡したミネラルウォーター500ミリ2本はあっという間に空になる。
「歩ける?王サマ」
「…おう」
思った通り新陳代謝はいいらしい。水分に追い立てられたアルコールは、頬に赤みを残して退散していた。発の伸び。天化の伸び。発のあくびに天化が目を擦る。酔いの次に来るのは眠気らしいと今日知った。
「悪かったな、終電」
「別にあんたが悪いんじゃないし」
とぼとぼ歩く歩道橋。流石に膝から下が笑い出す熱帯夜。すぐさま渇く喉に汗を拭った。微かに繋いだ手は真夜中の秘密。電車の片道1時間半は、家までどれだけあるんだろう?
「……あ゙ーっと…あんまりこの手使いたくないんだけど」
「なにがさ?」
首を傾げた天化の前で、繋いだ手の反対側に携帯が見えた。追い付かない思考の前でひとしきり堅苦しい挨拶が続いた後、
「姫発で通じるから緊急で専務に繋げるか?」
聞き取れた言葉はそれだった。

お待ち申し上げておりました!止めろよそんなガラじゃねぇ、お会いするのは4年振りでしょうか、そうだなー俺の中学入学だったっけ、姫発様が高校のお祝いはなさらないとのことで、だってよ俺は受験もしてねぇし、来年旦のこと祝ってやってくんねぇか?アイツ毎日頑張ってるからさ。

真っ赤な絨毯に金色のオブジェがシンプルに多数、大理石のカウンターがそびえるロビーに子供が二人と待ち受ける従業員。
天化の頭は未だ置いてきぼりだった。それでも不安のモヤが出ないのは、此処に来るまではんぶんこした繋がれた指の熱さと緊張があったから。電話を切った後に吐き出した息のプレッシャーに崩れそうな、発の顔を知っているから。頬をぺちぺち撫で叩いたら、かっこわりぃだろ?なんて笑ってたから。

「お父上からも伺っておりますよ。社会勉強の為に一人暮らしをなさっているそうで」
「えっ…あ、ああ、まぁな、そんなすげぇモンじゃねぇけど」
初老の白髪に微笑まれた顔が焦るのも赤くなるのも、最後に少し保険の謙遜を付け加えるのも知っていた。発の場合は照れ隠し。裏なんてかける脳はない。
「お部屋は最上階に用意致しましょう」
「いや!いいって一番安いトコで!!」
突っ張った両手に嘘はない。
「寝る場所だけありゃじゅーぶん!!金も払うし!」
とうとう首まで振る姿に目を細めた重役だろうその人に、天化の胸が誇らしかった。言いはしない、言えもしない、いつの間にか自慢の恋人だから。
「そちらはご学友で」
「えっ…」
「う…あー…まあ!部活もコイツとやってるし」
苦笑いのエレベーターで顔を見合わせた日。二人きりの予想外のイタズラに肩が笑っていた。

「っ、はぁ──────……」
窓辺の絨毯、後ろで閉まるドアに発の肩がだらりと落ちる。そう言えば今の今まで背筋が伸びていた。
「これで一応、保護下?ってのになるんじゃねぇ?」
「…うん」
緊張と緊張。遂に絨毯にへたり込んだ発の髪が、空調の下で固く冷える。一通り部屋を見渡した天化の目。
「うへ、でかい部屋…」
きょときょと落ち着く暇もない。数少ない家族旅行は、人数故の旅館だったから。
「風呂どっちさ?洗面…あ、クローゼッ」
「あー待て待てスリッパ!」
追い掛けるアメニティと発の脚。
「すげぇ、遊園地見える」
「観覧車まだやってんのか」
窓に張り付いた天化の後ろ。いつの間にかくっついた背中とお腹に、天化が息を吸い込んだ。
「王サマ」
「……あたま」

壊れるかと思った。

漸く深い息をついた発の手に、そっと重なる天化の指。壊れる理由はアルコールなのか緊張なのか、多分どっちも天化にはわからない。
「なかなかやるじゃん王サマ。酔っ払いなのにちゃんと喋ってたさ」
「まぁな、惚れ直す?」
「うん」
間髪入れずに返った二文字。予想外に発の脚がバタバタ絨毯を踏んでいた。だってだってだって!子供かい王サマ!子供だろ!返したら天化の声が笑ってる。また増したバタバタ。照れ合いながら抱き合うのもどうなんだ。
じたばた子供の脚が、45°から90°。回って鼻がぶつかった。
「えー……と」
「まずいよな、流石に」
予想しなかった。振り向けば糊のきいたベッドが2つ。当たり前だ、キング換算の筈がない。初めて見た二人分のベッドに固まる二人。高まる恥ずかしさに瞬きをひとつ。
もしかしてもしなくても、自分たちの常識の方が恥ずかしいらしいこと。今更気付いて息をついた。
「……こりゃ汚せねぇか」
呟く声に牽制の右手。
「汗かいたしシャワー浴びてくるさ」
「んじゃ一緒、に゙っ…!」
ついてくる脚と額にもう一発牽制の右手。
「あー、あれだ!バスタオル敷いたらいけるよな!?足ふきの方がいいか!?」
「王サマ!」
結局三度右手が発を押し返す。少しずつ押し切って腰が傾きながら始まった続・観覧車。息つく暇はないらしい。
「…っん、待っ、つさ王サ」
「いやだ」
「ヤじゃな…いいんかいバスタオル!!」
喋らない口がとうとう天化の髪を撫でる。
「っサマ、シャワー」
「いつも浴びねぇじゃん」絡んだ指の力で、くるりと回った半身がベッドの隅に沈み出す。やべ、止まんねぇ…一人言らしいそれを押し返す右手の攻防に、二人の脚がバタバタ揺れた。
「なぁ天化!」
「…っスタオル!!取ってく」
「いいって…しよーぜ、な」
「よくねぇ!」
叫びは聞こえない。
「じゃあちゅうだけ、ちゅーう」
一度こうなると発は聞かない。少し強くなった腕の力で、それも最近知ったこと。
「酔っ払いっ…」
アルコールなのか増した強引さに、脚もろとも沈んだシーツ。
「……なんかさ、今日の天化可愛さ3割増しじゃねぇ?」
「んなの言われても嬉しくな、さ、…ンッ」
「うさぎおめめ。目赤いぜ?なに、観覧車?気持ちいい?」
夜景?アルコール?聞き返しながら続く可愛らしいちゅうの片隅で、団子になったタンクトップ。目元に口付けたら頭がイヤイヤ。かわいいかわいいかわいい!首を振る鎖骨にレイヤーの前髪。
「…王サマ!!や、」
押し返す右手がいつもより力なくて、妙に可愛い。アルコール万歳!!ふやけながらもう一度唇に戻りかけた発の脇腹に、
「──……トイレ!!」
力一杯膝蹴りの脚が一言叫んで駆け出した。
「あだっ、痛…え!?うあバカ!!そっちクローゼッ」
開きっぱなしの扉の反対。
「ト…」
勢いよく右折して閉まる。天化の背中が見えなくなった。

「「っ、はぁ──────……」」
落胆と安堵。吐き出したため息がドアの内と外で重なった。
「あーあ、せっかくムードあったのによ!」
不満一杯尖らせた口に空気を含んだ丸い頬は、やっぱりまだ酔ってるらしい。
「ちくしょー天化の酔っぱらい!ガキ!!我慢しろよ!!」
「どっちが!!」
「天化のばかやろーアホー!」
脇腹を抱えてジタバタ転がる身体はすっかり持て余されたまま。
「それでかようさぎおめめ…」
窓の外は降り出した夏の雨、いつの間にかバスルームの水音が規則的なシャワーに変わって、アロエのシャボンの幻が見えた気がした。

「…王サマ?」
身体に1枚バスタオル、手には1枚足ふきマット。
「ありゃ」
天化の脚が近付く頃には、穏やかに上下する発の胸。
「……人にあんだけ言って寝てるってなにさ」
揺すってもつねっても起きない背中。真っ直ぐなシーツに潜り込んでくっつけてみた腹筋。隅の方は空調で冷えて、火照った身体に心地いい。真ん中にくっつくと、少し熱くて眠気を誘うのにちょうどいい。
てんかぁ。
むにゅむにゅ寝言らしい頬をつつけば欠伸が伝染。余計増した恥ずかしさに思いのほか狭いベッドは、5分後には二人の寝息を乗せていた。



end.


天化の選択が「トイレ」なのか「便所」なのか、悩んでいたらまさかの1ヶ月。なんと…
2011/10/12

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