oneday(2/2)




「王サマこっち!」
走る脚に待ったなし、長蛇の列もなんのその。いつからか重なる足音がスニーカーで二人分。部活のシューズも道場の裸足も、中途半端な踵の上履きも磨いていないローファーも。
「天化、手」
「え…ああ」
「ん」
雲一つない炎天下の絶叫マシーンが回り続ける都会の真ん中で、密やかに繋いだ指が汗で捩れる昼下がり。
「……へへ」
覗き込んだパンフレットに輝いた垂れ目と傷痕の唇が、隣の頬をかすめて逃げた。
「やってくれんじゃねぇかよ」
「お返しさ」
「ああ、一昨日の?」
「違うさ馬鹿ッ」
覚えているだろうかどうかより、自分が忘れないかどうかなんだろう。たぶん、きっと。初めてのキスの昇降口から飛び出したあの日、手慣れた黄家の台所に加わった女に手慣れた唇が、頬をかすめたことだとか。いつか仕返してやろうと決めたことだとか。休みに入って小さくなった発の剣道豆は、もう乾く頃だったとか。
「王サマ!早くしないと90分待ちさ!」
「いいじゃねぇかよ待ってりゃよー!またチュウしてくれんだろ?」
「しない!」
その口も笑顔もおおらかならそれでいい、大きくも大人にもならなくていい。
「天化ー、天化!あっちのピエロの方がすいてるぜ、あっち!!」
「嫌さ!逃したらコースター120分になっちまう!」
引っ張り合う腕に零れたジンジャーエールとオレンジジュース、手渡される微笑みに色とりどりのバルーンアート。リボンと細いステッキの先で口に転がる飴の欠片に、子供の目が細くなる。あまいあじ。
「ん、俺のやるよ。」
「ん?あ」
「ほら」
交わすスティックに舞うリボンが頬を擦った。体中に広がるピンクの香料が告げるイチゴの恩恵。
「んじゃこっち、俺っちの」
相応の対価以外の他意がない笑みと共に交わすステッキの先の飴は、
「ほい」
広がる苦み。
「あ」
コーヒービーンズだ。ほら、やっぱりなー。口にしてから違和感を感じたらしい天化の表情がこんなに近くにわかるくらい。そのくらい見つめ続けたのは発の優越感。
「……あーた顔なんとかした方がいいさ…」
「…そりゃだってお前がそーゆー」
「それしか考えられないんか色魔!」
「あーもう、いいや行こうぜ?ほらコースター」

恐怖に張り付いた手と背中を摩るのも、叫び過ぎた喉とひっくり返った目にコールドドリンクを運ぶのも、みんな自分の仕事なんだ。ベンチに伸びた髪を梳いて覗き込んだ天化が笑った。尖らせた見上げる発の口元が綻ぶのも一瞬のこと。きっと今日中に達成するアトラクション全制覇も、またすぐ恋しくなるんだろうと並んだ写真で笑っていた。

「白馬じゃねぇのかよぉ!!!」
「うわっ…ちょ」
残すは2つ、ネオンの真ん丸。
「わ、わり…」
先に選んだX軸系列平行線。ピンクの馬と青の馬が待っている家族連れの夕闇に存外響くのは男の声だ、当然だ。構えるカメラも飛び上がるシャッター音を掻き消して、目の前の馬にぐずる高身長に溜息以外なにを出せばいいのやら。
「仕方ないさ、ほら後ろ!」
仕方ないから出したのは右手。半歩後ろから一歩前へ踏み出したスニーカーがステップを上れば、天化の前には大きな栗毛がそびえ立つ。迷う手を引き上げて、
「――"王サマ"」
「テメッ…」
いたずらっこの予想図が完成間近で待っていた。
「ちくしょう絶対狙っただろ今の!?」
「へへー」
そびえる白馬の堂々たるや息を飲む。笑い声と振り返り様の輝いた傷がネオンに浮かぶ夏の夜に。踏み入れた子供の園、賑やかなマーチと歓声、かき消えそうな指と指。解けないまま向かう最後の砦に思いを馳せて。
「……後ろから見るとよ」
「んー?なにさ?」
「上下動ってかなりクるんだな…」
「んー!?だから聞こえないさ!」
ちょっとこれはどうなんだろう。いや見たこともないけど天化のナマ上下動は。
「王サマ?」
良からぬ半人前の思考は、やっぱりその丸い目で現世に還る。

ライトアップの黒い空、こんな夏の日だったっけ。
なんでだよぉ!
あんちゃんはがっこう?
カイシャのおやすみは?
発のゆうえんち。みんなでゆうえんち。

幼い子供のささくれが、
「天化、すっげーぇ好き!」
「…っは、あんた外!」
「てーんーかーがっ」
「う゛ぁっ」
「すーきーだーっ!!」
「バカ!!」
打ち上げ花火と一緒に昇る、不思議な不思議な夜だった。


ネオンが一層輝くY軸系列、デザートでメインディッシュな観覧車は不穏な空気で回ること5分。
「下心あるっしょ」
「――はぁあ!?」
聞くんじゃなったあんなこと。先を読んだつもりの天化のそれは、本当に範疇になかったらしい隣の目。丸く見開いてからこっち、下手な会話も出来やしないで、勧められるまま乗り込んだ。添乗員を恨むにはお門違いの無言のY軸。星が見えるとでも言えればいいのに、生憎ネオンで見えない皮肉はどうしたらいいだろう。そもそもイルミネーションに感動する性質じゃないのは今更ながらお互いにだ。
「……メリーゴーランドの馬ってよ」
「うん」
「自然色のとピンクとか混ぜてんのって意味あんのかな」
「…たぶんないさ」
こんなことを話しに来た覚えもなかったのに。青い馬って逆に子供がこわがるんじゃねぇかな、そうかね、ああでも全部茶色も興ざめするか、知らねぇさ、そっか、そうさ、一体何時まで続くのだろうこの話題。
「現に王サマ白馬じゃなくて興ざめしたじゃん」
「いやだから!あれはよ…興ざめっつうよりハブられ感つうか…」
「がっかり」
「……いや…」
「がっかりさ、それは"がっかり"」
「天化ってオトコマエだよな」
「……へ」
先に動かなくなったのは案の定真っ赤になった天化の口で、
「…天化がいるとさ、いつも…」
いつも?――それ以上は続かなかった。続きそうなのに。言葉にしなくていいんだろうか。傾いた観覧車で思う。

自分といるとなんなんだろう。天化といるとどうなんだろう。

言葉にするにはおぼつかない、一応恋人の筈なんだけど。言葉にするのは上手い自負があるんだ、きっと本当に自負だけなんだ。いざ開けばぴったりの言葉なんて早々出てきてくれやしなくて、
「……、ん」
傾斜が増した観覧車。二人とも性別にしては軽い体格。驚くべきなのかやっぱりなのか、体重で比べれば天化が勝る筋肉量。もうこれ以上は傾かないだろう右側が、花火の陰で左に向いた。
「……っうサマ、てっぺん過ぎ、た」
徐々に傾く左側。また増した傾斜に息が止まる。
「…てっぺん!過ぎたって!」
押し返す力を強めても吹っ飛ばない胸板に思う、ああちゃんとトレーニングさぼってねぇさ。そうなのか?今考えるのはそれなのか?胸の内で微かに首を傾けて、やめた。せっかくの遊園地、満喫しないでどうするんだ今は大人料金だ。
1日走って少し湿った胸を感じて目を閉じた。今まで明けていたのもどうなんだ?小さな自問は二人で続く。

世界中の音が止む。
あとどれぐらいだろう。観覧車。半分、6分、5分、4分、なにか話すことがあった気がして、ああ、話せないからこうしてたんだっけ。3分、2分、息が出来ない。違う、したくない。きゅ。可愛い力で天化の腕が発の背中を捕まえた。
なんだ、肩が広くても肩甲骨はやっぱり細い。猫背の謎が解けた、発の問題は背筋力だ。傾いた左、発の首と唇と、相対してる天化の首と唇と、短く大きい息の音。また反対に傾きかけて、1分、タイムアップ。名残惜しく離れた唇だけ冷たく冷気を吸い寄せていた。
「……最高記録だよな」
何時だって治る幼い日のささくれが隠れた唇の端を上げて笑ったその顔は、もういつものその顔だった。飛び上がるのもいつもの顔だ。
「おっしゃ天化ちゃんとチュウ記念っ!!」
「っさい!」
携帯電話に財布がひとつ、身軽な二人が写真入の紙袋を受け取って走ったのは、大時計の針がひとつ、10を指す頃だった。


end.

ずっとさせたかった遊園地デート。二人で乗ってる馬をみたい。
2011/10/04

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