雨雲(2/3)




青い青い空の下。走る息が乱れないのはいつからだろう。
「…根性あるよなぁ、若いねー」
「あ?誰が?」
追い掛ける太陽が逃げていくのはいつだって同じであるように、
「監督から見えねぇなら走らないっつう選択肢もある訳だ。今日もいい昼寝日和じゃねぇのよ」
「楊ゼンにはバレるじゃねぇか」
「そりゃ違うね」
掴みたいから悪あがきするのだと知ったのは最近。剣道部OBを名乗るふざけた肘につつかれた腕は、前に進む脚に反して後ろ向き。いつだってそう。
「……あいつに、カッコ悪いとこしか見せてねぇ」
弾む息に混ぜた子供の弱音。
「そりゃまたベタ惚れだな。誰とは言わないどいてやるけど」
「…っつーかさ、韋護」
聞きたいことは山程あった。選んだのはこの一つ、
「アンタ強いのかよ?」
それ以外は予想で補える範囲内だ。太陽を睨んだままの発の唇が問うそれに、隣の黒髪が片方の口角を引き上げた。
「望みはどんな答え?場合と報酬によるな」
「…俺でも強くなれるのかって聞いてんの」
「へぇ、…こりゃ道理でアイツがムキになる筈だ」
噛み合わない問いと答えが並木道の上、
「おぅし!いっちょ稽古つけてやろうじゃねぇか!ガリガリ君で受けてやらー」
「安っ」
太陽に伸ばした腕だけ噛み合った。



防具の固さを馴染ませるには。そこに始まる稽古の中身は、つい最近誰かに習ったことの応用だ。皆聞き覚えのあることを噛み砕いて説明するのは、この人物の特性らしい。
「っちゅーことで、ま・半年たちゃあ固さも馴染んでくるんじゃねぇか?まいんち練習しなきゃ変わらねぇけどな!」
「半年だぁ!?」
「おう。ん?そりゃわりに合わねぇって?」
体育館脇のベンチの上で、何度も直した"防具の仕舞い方"。幾分加わった自己流曰く韋護流アレンジは、確かにかつて此処で青春を過ごした剣士らしい。そうは見えない出で立ちで、またも目を細めていた。
「だから効率わりぃからお下がりの防具使ってやってんだ。予算削減は名目ってヤツで、大体言われる前にわかんだろーよ?そこんとこより"自分の防具"にこだわったのはお前ってこと」
「別にさぁ、そんなんで選んだ訳じゃねぇけどよ」
「ま・腐っても男ってこった。俺もお前もな」
見栄と虚勢は本当のこと。発の喉が上下する。そこに宿す覚悟も同じ、なのだろうか。大人の目に子供の目。拮抗しても喧嘩にならないそれは、恋人よりも当たり前に自然体で流れる時間の事実を、発の喉元に突き立てていた。
「目に見えるトコでカッコつけて見えねぇトコで気張るのは、男なら通る道なんじゃねぇ?」
防具を抱えた腕が言う。この時分に長袖のシャツというのも暑苦しい、
「惚れた弱みよ。頑張んな」
面紐を引き締めた左腕が音を立てて笑っていた昼下がり。
「……おう」
吹き抜けるにわかに雨の匂いのする風は、天気雨を誘い出す。
気紛れに5分で逃げたらそこに虹は見えるだろうか。少し動いた発の脳は、空と迷って韋護の手を見る。
「あっちゃぁー、竹刀しまっとけ!湿気にゃ弱いぜ…っと、午後んなったら切り返しお相手すっからよ」
「なぁ、おかしいとか思わねぇの?」
至極当然。選んだのは二つ目の疑問。
「ん?別に男が男に惚れちゃならねぇ大義はねぇだろ」
「いや…つうかわかるモン?」
三つ目も同じ少し拗ねた唇は、紐を引きながら藍を見る。アスファルトの焦げ臭い匂いに、胸の奥もつられて焦げた。根本的に似ているらしい思考と口振りで発より年を重ねた肩は、雨と汗に濡れた髪が張り付く額もそのまま。
「あーあー、バッチグー丸わかりよ。知らぬは本人のみってか」
「イマイチ伝わんねぇんだよ、俺はさ…なんつーか」
今一度口角を上げた。
「でもあながちあっちも似たようなこと考えてるぜ?そーゆーモンだ、そんな面してら」
「でもよ、天化って」
「あながちアナルガチガチって?」
「いやんなこと聞いてねぇ!!」
「大丈夫そりゃー慣れだ慣れ!」
「いや…いや、そう。そうなんだよな…どうすりゃ慣れんだろう、感じてはいそうなんだけどすげー痛がるんだ」
「あ、」
藍の胴着が蹴り飛ばされるのは一瞬、怒号と共に天気雨が通り雨に姿を変えた。

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