先鋒戦法(*)(2/4)




天化。ごめん、悪かった。
そうでも言えば戻るだろうか。必死に答えを探す発の右脳。何度も何度も見直したケアレスミス。
ごっめーん!程度に砕けた方が後腐れないのだろうか。違う。本当は謝りたくないのが半分。だって、
「目ぐらい…バカヤロ…」

目ぐらい見ろよ。ちゃんと欲しがれよ。ちゃんと受け取れよ。バカ、ツンデレ、エロ!

また片想いの欠片が募る。ふらふら歩く教室までの道のりで、そのどこかでアイツが待ち伏せてやしないか、それより早く朝食を作りにこないだろうか。仲直りのキスをして、あわよくば盛り上がったタイミングで出来ないものだろうか、昨日の続き。
「っ…あ゛―――!!じゃねぇだろ俺!」
予想はことごとく空振り通し。こうなると残す選択肢は――
「……まっさかね、ねぇよな、ねぇよ、うん。」
喉の奥に飲み込んだ。
別れる?離れる?どっちも嫌だ。でもそれよりきっと、屋上でひとり煙草をふかすアイツは嫌だ。そうさせているのが自分だと、考えて泣きそうになった日があった気がする。

「おっはよーさ、王サマ!」

はくちゅうむ、は、起きているときに見る夢の総称でよかった?それとも蜃気楼?陽炎?神隠し?いや違う、随分離れた。

「…おう、」
くぐった教室のドアの内側は、思わず背筋を伸ばす程に空調で整えられていた。
「涼しーなー!外サイアクだぜ、ありえねぇ…」
「ねー!アタシもー…早く帰りたーい、帰りたくなーい」
「お前にくっつかれてるオイラの身になれってんだ…」
「こりゃー俺っちもさすがにバテんね…」
いつもの談笑が待っていた。ものの1分で涼しさすら感じなくなるほど暑い日差しの差し込む教室で、隣り合った二人と囲む面々。……いつも通り?なにがどうなっていつもどおり?
「…天化、昨日」
「ん?なんか言ったさ?」
「あー、いや…」
そこそこ柔和な笑顔で返されて、蒸し返せる訳がない。それだけタフになれるなら誰か教えてくれ。今回の現国5評価アヒルに戻していいから!ぐるぐる回る発の右脳。
「あー、王サマ。俺っち今日部活出らんねぇから」
「え?え?」
「アレよアレ!赤天化の追試と補習ー」
「なんさその言い方!」
「でも問題一緒なんだろー?ズリーじゃねぇかよ」
「んなに言うんならモグラが教えてくれりゃいいさ」
「じゃあアンタ変わりにハニーに剣道教えてあげてよー」
完全に、アウトオブ、…?いや。軽やかに続くクラスメイトのトークについていけない発を、自分すら予想しなかった事態を、一体誰が予測した?ニカニカ笑顔のその恋人は、蝉玉から奪い取った飴をひとつ口に放り込む。

――ああ、やっぱ口寂しいんだ。

怒ってはいる。やっぱりそうだ。煙草はやめたってか、マジで。

それでもすぐにそれを噛み砕くあたり、怒りが大きいことはわかった。ただしそれ以上はマニュアルにない。トラブルシューティング、事例なし。空になったペットボトルを傾けて颯爽とトイレに旅立つその背を、何故だか追う気にはなれなかった。雑談は、続く。
蝉玉と土公孫を疑ってみようとはした。口裏あわせのトラブルシューティング。……それにしてはその考えもコンマで去った。そうじゃなきゃ今雑談する仲に、
「……ってない、よな」
「なに?独り言ってムッツリスケベなんでしょ」
「うるせぇ!」
「コイツはハッキリスケベだろ」
「…あー、まーぁね。ハッキリ?わかりやすい?」
髪をかきあげて笑ったら、空いた口に蝉玉から飴を詰め込まれた。噴出して抗議するフランクなじゃれ合いの、その延長線背後1メートル。
「蝉玉、モグラと別れたんさ?」
実にフランクに楽しい声が降っていた。
冗談冗談!食って掛かった三編みを笑い飛ばして飛ばされて、完全に逸したタイミングは、既に一人歩きが上手になった。出所すら掴めない。当たり障りないカンケイを昔から望んだ筈。そんな連中といると楽しかった筈。現に楽しい。クーラーに舞い上げられた埃が窓枠に反射して掃除用具と踊るダンスフロア。
一番踊りたい、ソイツは何処だ。

返される通知表に一喜一憂する隣り合う席も、灼熱地獄の終業式の背の順も、目は合う。話はしなかった。重い気持ちは発だけだろうか。いっそのこと自然消滅なんて言葉はこんなときに使うのか。勉強になる。

めんどくさいから行きたくないの一点張りで、担任にひっぱれながらすごすご追試会場の視聴覚室に姿を消した黄天化。
「天化くんは?」
「ああ、追試だから下校時刻までかかるっつってた。今日休むってよ」
伝達事項は迅速に伝える、道場にいる、今日から、――あれだけ天化が楽しんでいた面付け稽古にようやく混ぜてもらえることになったのに。
チクショウ。
こっそり手拭いを握り潰した正座の姫発。

まるで逆だ。
なんだよそれー似合わねぇ!
そっくりそのまま王サマに返すさ!
そんなバカみたいな、予想もつく当たり前の。ただの、会話をしたいだけなのに。

ふらりふらり、星を数えて岐路に着く。予想通り一人の部屋が待っていた。
「……ごめん」
今なら言えるのに。指を折って数えた。触れてたくて仕方なくて、……ようやく初めての幼いキスが昇ったあの昇降口の夜の日から、まだ10日しか経っていなかったこと。
スキの数だけ、急ぎたかったこと。知らず知らず、あの体育会系健康優良児を女の位置に置き換えていたこと。わかってるのに。
だって。他に知らない。知りようがない。拾い集める情報は過激だ華美だで溢れかえって、つまらないキスにささくれるだけで。
好きなのに。
それだけだ、そう言ったのに。
マニュアルがあるなら誰か本当に、教えて欲しい。理解なんて出来っこないあの飄々とした可愛い男の、隣にいる方法があるなら。

幻聴か、夢か現かドッペルゲンガーか。

「…マー!王サマー!」

疑うコンマか数分か。振り返ったインターフォンのモニターに映る、紙袋とボストンバッグとビニール袋と防具入れに竹刀袋。どうやったら一度にそれだけ持てるんだ――。そんな軽口が突いて出る程、胸を張ったタンクトップのソイツがエントランスで手を振っていた。
記憶が飛び飛び、ノイズだらけの砂嵐。どうやって押したかすら覚えがないボタンひとつで、玄関は開く。

「今日から夏休みっしょ」

ああ、とだけやる気なく頷いた。正確には明日からだ。

楽しげに続く声は聞こえているのに。真夏の蝉の声の記憶の如く、果てしなく澄んだ何処か遠くで鳴っている。意味の理解が出来ないうちで、どうやらここに住むことを勝手に気決めたらしい声の膨張。ピントの合わないその顔が、幼い頃に片田舎の縁側に置かれた小さな小さな金魚蜂を覗き込んだ、その五感を思い出させる。
どこまでも澄んで濁って、水面が揺れて。一匹の金魚が向かってくる姿が面白かった。デメキンじゃないのにデメキンに見える。そう言えば最近そんな形の犬の写真のが流行った。

蝉の声が、する筈はない一人暮らしのその部屋で。
懐かしくて、壊したくなくて離れたくなくて、
「……ん、っ、か」
いつのもスリーステップが阻まれた。唇で。抱き締める腕で寄せる身体で。
「…なに、天」
「王サマ怒ってるからさ」
そうだっけ?どっちが怒ったんだっけ?そもそもどこから混線してた?唇から1センチ。その距離も埋められた。
なんのことやら相変わらずの理解不能。
「気付いたらずっと後手に回ってて」

後手の後手。全部最初っから王サマに仕掛けられてばっかで。別にその結果が嫌なんじゃないさ。でもそんなの俺っちらしくないっしょ?

「今度は俺っちが攻める番。」

一瞬区切られた文章に、一抹の不安が発の身体を駆け抜ける。いつの間にか猛スピードで世界が回る床の上。散らばる荷物の山を見た。それを理解するより早い。

「――……発が抱いていいのは俺っちだけさ」

舞い上がるクーラーの微かな起動音。点滅する、違う。瞬きした。その一瞬でさえ目が離れない。
真上で見下ろす、違う。見下ろすなんて単語が使えない程の至近距離で、睫の先が重なった。半ば強引に唇からかっさらう唇も、抱き締めるより寧ろ打撃系クイック。体固めまで通り越して急所ヘッドバット即刻反則負け。
誰か、だれかー、レフェリー!

本当に叫びたいとき程声が出ない。

「…ちょっと!ま、え?待っ」
「なんさ」
「怒って…つか、え?」
「男に二言はないって言うさ」
「だぁああああ!バカ!意味が違う!」
「どこがさ?」
「だから!」

動き回る視線がずれないように、いつかもそうやって両手で頬っぺたを潰して叫んだ気がする。

「抱くのと抱かれるのはちげーの!ぜんっぜん!」
「んなのわかってるさ!当たり前!」
「だから俺は抱きてぇの!」
「ならなんも問題ないさ」
「……あのな、え?」

のしかかったままの急停車。腹の上に丸まる身体が停止信号に赤く染まった。

「……いい、ってこと?」
「……っから言ったさバカ!」
つついた頬は最大限に不機嫌な、フリ、の弾力で跳ね返す。
「ってか昨日の今日で」
「ぐだぐだ言うなら帰るかんね!」
「ほんっと勝手だなお前!」
「んじゃー帰っ…」

赤で止まれなんて決めたのは誰だろう?もうひとつの体重を支点に、半身を起こした作用点。やっと二人で触れたキスは、やっぱり幼いあのルールは適用されたままだった。変わらなかった。離れかなった。少しだけじゃれる要素が減ったけど。

「…ごめん、昨日」
微かに転がる発の声。
「焦りすぎた、…のと、まぁ…アレ。」
「そりゃすげー腹立ったさ!ぶん殴りたかったし潰したかったさ!」
「つぶっ…うん、ごめん。」
「やっぱ慣れてるし」
「…ごめんって」
「ソコ謝ってももう仕方ないっしょ」
「どっちだよ!」
「……飴もうないって言うし。最後の一個王サマが取ったじゃん」
「詰め込まれたんだけど、俺」
「煙草吸わないって決めたさ」
「……素直じゃねぇなー」
「あーホラすぐそーゆーの出してくるからさあーた!」
「だからごめんって言ってんじゃんかよ」
「そーゆーとこ…やっぱ好き、さ」

意味の租借が出来ないのは何度目だろう。案の定照れ隠しの唇が重なった。

調子に乗った軽口で、反抗する隙をくれるから。反発する隙も理由も、結局受け止めてくれるその腕も。
だからキスが出来たんだとか、そもそも好きだと自覚したんだとか、
「いっくらなんでも初エッチ玄関ってありえねぇだろ…」
「うっさい!」
「マニア?あ、抱っこする?お姫様だっ」
「しねぇさ!腕折れるっしょモヤシ!」
「あー、そりゃお前に押し倒されたしなー。モヤシでいいや俺」
「あ゙ー!」
結局軽口の行き先にベッドを選ぶ辺りが実は紳士だとか、続く廊下の数歩の間に触れる手がセクシーなんだとか、全部言ってしまうことはきっと一生ないだろうけど。
好きに正解も間違いもないだろう。たぶん。どうりで偏差値も低い訳だ。
先鋒もなにも駆け出したのは同じときだった。きっとあの桜の日。方向が違っても交わる不思議、違う。方向が違うから交わるんだ。ふしぎ。
似合わない哲学を吹っ飛ばして吸い尽くした舌を感じたら、いよいよ恥ずかしさが増した。

――夏だ。

[ 2/4 ]



屋上目次 TOP
INDEX


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -