うしろから(2/2)




怒涛の稽古に憂鬱なテスト返却日。久々の教室は相も変わらず生ぬるかった。
「あっぢーぃ…」
「動く気がそがれるさ…」
「男子ってズボン暑苦しいわよねー」
「……お前にくっつかれるオイラが暑いぜ」
煮えきった太陽に煮え切らないクーラーに、
「ぬぅー…平均点が81じゃのー。もう少し低いかと踏んだが…頑張った者が大幅に引き上げたぞー」
まどろっこしい寝ぼけ声。なんだってこんな口調で教師なんだか。居眠りご法度のとやかく言う前に、治すべきはこの反面教師。
「うむ、最高点は94点」
「きゅうじゅうよんっ!?」
ばけものじゃねーの、むりだ、平均行ってりゃいいやー、ヤバイー赤点かも!騒ぎ出す教室の面々の恐怖の顔。
「王サマ赤点さきっと」
「よねー、っぽいわ!」
「うるせっぇな!お前らも予備軍だろ!」
出席番号の後から、徐々に返される通告の恐怖。あーあ、アヒル並んだらどうしよっかなー。のんびり構える発の腕組み。進学校ではあるけれど、中高一貫の利点はある程度生かされる。大学進学も付属大なら打つ手はある。そもそもそこまでして勉強なんたらを頑張りたい訳じゃない。

うしろから。
……ぬ、に、な、どこうそん。
「やった!平均越えたぜ!」
とうせんぎょく。
「アタシは…うん、まぁまぁね!うんうん、アタシ出来る子!」
「まぁまぁなら点数言うさー」
「なによ!」

て、つ、ち、た、こうてんか。
「………大丈夫さ!」
「ダメだこりゃ」
「やーい赤天化ー」
「今言ったのどこのどいつさー!?」

さっぱり集中出来やしない。「発のウチで勉強会すっから!」嘘も方便。勉強なんてまっぴら御免。

け、く、きはつ。

「どうどう?赤点?」
「ダメさこのひと、補習あってもこないっしょ」
「それはアンタもでしょー」

笑う面々。

「俺、」

「え?」

「俺……きゅうじゅうよん?」

「「「きゅうじゅうよん!?」」」

間違いなく凍った。灼熱の生ぬるい教室中が凍りついた夏休み直前の憂鬱な日に。

「嘘さ!ぜんっぜん勉強してるトコ見てねぇ!一回も見たことねぇさ!」
「詐欺!ちょっとー!先生コレ絶対採点ミスだってば!」
「なんでえ!オイラちゃんとコツコツ型なのに!」
なんでなんで!続く嵐に、一番信じられないのは当の本人だ。だってだって。見たことがない数字。ひっくり返して49の間違いじゃないのか。紙ヒコーキ予定のわら半紙が汗で波打つ。

「うっそだ…いや、え?ってか俺天才!?なぁマジで!?」
「ええい落ち着かぬかダァホ!」

言い放つ周囲のぼろくそも、ぶっ叩く指し棒の痛みもどこへやら。信じられない、で埋め尽くされたオーバーヒートに、発の脚が力なく椅子に落ちた。
喜ぶなら喜ぶなりにガッツポーズでもすれば良いのに、実感というそのものがない。
すっかり置いてけぼりの当人と教室の面々に、ただ淡々とわら半紙の山が返却された。

「まぁ答え合わせだが――その前に!姫発!」
「うっ」
「今回随分頑張ったようだが、なにか特別な勉強はしたかのう?」
「……いや、してねぇよ…?」
「今までは?」
「中2っからしてねぇ!」
「そこを威張るでない!」

だから今まで赤点続きー云々喋るあの声が、どうにも耳に入らない。信じていいのか本当に?

「なら、本を読んだ記憶は?」
「――あ、」

その一文字に教室がざわめいて静まった。限りなくクリアに拡がる目の前の黒板が、覚えのある緑色。毎日その前に座って、なのに眺めるだけのその緑。追いつきたくて死ぬ物狂いで読み込んだ本の山。本の山に文字の群れ。

「数学とは違うからのー。現代文の答えはひとつではない。だが……前も言ったろう?現代文は必ず問題文の中に」
「"答えが書いてある"…」
まさか。重なった声。
「うむ」
頷く顔は凛として、ああ、どこかで見た顔に似ている。
「本を読めば知らぬうちに漢字も目に入る。理解しようと努力すれば知らず知らず語彙が増える。文章を理解する近道は文脈。文脈を理解すれば、質問の意図に明確に気付く。気付けば自然と要約が成り立つ。」

ならば答えは目の前に!
ホレ簡単。

ぴしっ!
キメポーズよろしく突き出した親指と指し棒は、確かに本を片手に現れた顔。
ああ、きっと道場で見る楊ゼンの顔に似ている。甘いのに甘えがない。あの日の普賢に似ている。身体の底辺にしっかり下ろした重心。金タクと似ている。後輩に負けたのに悔しさを露にしない。

……ああ、そういう事なのか。

「まぁ、本来期末に入れる文学史20点分が今回はわしの都合で省かれた訳だが――」
「ええ!?それって先生のズルじゃない!」
「そこやってたオイラの身にもなれってんだ!」
「ずるいさ先生サボり!」
「ぬあーー!」
押し寄せる嫉妬と不満と、それも反面教師なのだけど。
「だから説明しとろうが!"聞く耳を持て"っちゅーに!」
揉みくちゃになる寝ぼけ眼の教師の前で、半歩、一歩、近付いた。

ただ強くなりたいと言い張る恋人のキモチに。

「よいかー姫発。皆もだぞー。今回ばかりでない、現代文は文章との相性もある。一度高得点を取ったからといって油断……」

「天化、俺お前のカテキョしてやるよ」
「へっ!んなのご免さ、誰があーたに」
「だってお前補習受かんなきゃデート減っちまうだろ」
「ぅうっさい!勝手に言ってるさ!」
「あ、図書館デートって高校生っぽいな!」
「イメクラ好きのオヤジかい!」

「他でやらんかダアホがぁー!!」

結局ぶっ叩かれたその憂鬱な日も、少しずつ近付く記念日の集合体。

「……俺、剣道部続けよーっと」
「ん?なんか言ったさ?」
「べっつにー」
帰り道の並木道。
赤点のショックもイチゴオレ一個で吹っ飛ばした恋人の隣で、聞こえなかったようだけど。後から抱き締めた広くて厚い胸が高鳴る爆音。夏休み前。

――あれ?また外だ。

end.


久しぶりに「高校生活」でした!
2011/01/19

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