初デート(2/2)




カゴに並んだカップは赤とオレンジ。茶碗も皿も丼も、ソーサーも包丁もフライパンも鍋も。みんな持ち手が赤だった。白のレジ袋に移されて、今は天化の腕の中。
白と黒の部屋の中で、きっと暑苦しいんだろう、天化みたいに。浮かべた自分の部屋の姿が変わる。
「天化って」
「うん」
「夕陽っぽいよな。」
「なんでさ?」
並んで歩く帰り道。
「えー?なんでってさー…まぁ、夕陽に向かって走りそう。スポ根。尾崎。昭和ぽい。」
言えないことまで頭の中で数えたら、折った指の数が足りなくなった。
「あとアレ。初めて話したときの夕焼けが残ってんの、頭ん中。」
「へぇ、そうだっけ?」
「……お前にメニューでぶっ叩かれてチャリ買ったとき」
「ああ、初めてってもんでもないさ」
「いや、マトモに話したのって」
ぷ!
二人で噴出して重なった。懐かしいと思う日がくるなんて、まさか。
「名前からしてそうじゃん。空の化身?ってことじゃねぇの?」
「…ああ……んー、そういや由来みたいの聞いたことないからわかんねぇ」
「俺、すげー好き。」
真っ直ぐな目は、発のふたつ。ジワジワ鳴き出す蝉の声、照りつける太陽に汗で張り付くYシャツに、高鳴る鼓動は天化の胸に。
「……うん」
「まぁ照れんなって」
そうやって漕ぎ出す軽口の助け舟は、やっぱり憎くて大好きで。

「ただい、まー…っと」
オートロックの部屋の玄関。脱ぎ散らかす靴の欠片。先に歩く発の背を見て、レジ袋を抱えた天化の脚が止まった。
「なに?どした?」
「……これって俺っちも"ただいま"さ?」
「…なんじゃねぇの?」
また一緒に噴出して胸が満ちる。返事なんて返ってこないこの部屋に、新しく並んだカップたち。玄関に履き潰したローファーが二人分。
時計が午後を指すこの部屋で、新しく生まれる時間が幾度も。
ドスン。音を立てて床に置かれた袋は5キロの米に生野菜。

「王サマー」
「あん?」
「炊飯器どこさ?どこしまってる?」
開けて閉めて開けて閉めての繰り返し。シンクの上と下の棚と、それぞれ二往復はした。
「え?持ってねぇけど?」
「はぁ!?」
脱ぎ掛けたシャツを片手にしれっと告げる主の声。
「マジかい…なんでそれ先言わねぇさ!」
「ポットあるじゃん」
「ポットで米炊かないっしょ!」
「知らねぇよそもそも飯炊いたコトねぇもん!」
「そんなトコで胸張ってどーするんさ!」
大声でまくし立てた二人の口が、腹の虫に遮られる。
「かっこわり」
すっかり両肩を落とした発に、肩を竦めた天化が小さく笑った。
「んじゃちょっと時間かかるけど待ってるさ。鍋は買ったかんね!」
庶民の味方、100円ショップ。かざした鍋は200円コーナーの物だけど。
「うっそ!鍋でイケんの?」
「んー、水加減間違えなきゃへーきさ。圧力鍋じゃないからそこそこだし、ふっくら炊きは期待出来ないけど。」
直火炊き。俺っちなら完璧さ!
付け足して意気揚々とシンクに張り付くその背中。
その距離数歩、1、2、3。
「っわ!」
「天化ーぁ」
スニーカーソックスが滑る三歩。腕の中に閉じ込めた身体が大袈裟に飛び上がる瞬間が、好き。
「あっぶねぇさ!包丁持ってたらど」
「持ってねぇじゃん」
「例えばの」
「例えはいーから、ちょっと」
紡ぎかけた天化の言の葉が途切れて消えた。
「……ちょっとでいーから。補給。」
汗ばんだ背を抱き締めて、深く広がる胸の中。満たされる、それだけで。
「あったけぇよな、天化って」
「……熱いさ。暑苦しい」
憎まれ口のまま動かない脚が、可愛くて仕方ない。離したくなくて抱き締めたくて、きっと子供がぬいぐるみに抱くそれに近い独占欲。それくらいがちょうどいい。
「天化、チャーハンー」
「離れなきゃ作れねぇさーホラ」
「じゃあ天化」
「黙るさ馬鹿」
「んー…じゃあと5分」
「え?」
猛スピードで振り返った目に噴出すのは今日何度目だろう?
「"え"ってお前…」
「…べつに!5分じゃ長いって意味さ!暑い!」
「だーってなんでンな物欲しげな」
「んな顔してない!」
「天化、顔赤い」
「暑いからさ!」
その剣幕にとうとう腹を抱えて笑いが止まらない。ひゃははは!発の身体が見事に床に転がった。
「……じゃ、ちゃんとチャーハン食うからよ」
寝っ転がった生ぬるい床の上。笑い疲れた腹筋を行使して伸び上がる先には、荒々しく米を研ぐ、すっかりふて腐れた恋人がいて。
「天化は夜に食べていい?」
「……」
答えないのは了承の合図で、覗く耳が赤いのもつい最近知ったそんなOKの合図で、遮ったのはまた腹の虫。
「……ほんっとどーしようもねーや!」
「それは発もっしょ!」
振り向いた手は米粒だらけで冷たい水しぶきと熱い体温。転がった床の真ん中で、ごろごろごろごろふざけ合う。くすぐったい脚が絡まって遊ぶ。伝染する体温に犯されて、冷たい床が逃げてゆく。じわじわ熱い蝉の声。

「……色魔」
「どっちが」
腕の中で悪態をついてくれるその額に、優しく優しくキスをして。
「てんか、腹減った」
「……どっちさ?」
「胃」
「…あ!」 
「なに?」
「火ぃ入れんの忘れてた」
あちゃー。コンロに振り返ってあんぐり開いた口に間抜け面。また噴出して重なった。
「んじゃあと何分?」
「今から炊いて40分ってとこさね」
「無理無理、死ぬー、腹減ったー」
「誰の所為さ」
「連帯責任?」
「あーたの口からそんな言葉」
「あ!アレある!忘れてた!」
唐突な発の叫びに反射で飛び上がる。

「おう、コレ!」
ニッカリ笑うしなやかな手に収まった、玄関開けたら○分でご飯。文明の力。赤と白のプラスチックのパックに米の粒だ。
「だからそーゆーのは先言って貰わないと困るさ!ってかレンジ…」
「ああ、レンジはアレ。備え付けのならついてる。」
ほら。
得意げにシンク脇の棚を引き出す発の笑顔に、
「あーあ、ほんとしょーがない人さぁ」
溜息が止まらない。そのしょーがなさが全部自分に向いているだけで、実は幸せになれるんだけど。

レンジとフライパンの共同作業。大幅なロスを経て、随分簡素に仕上がった炒飯は、
「うっんめぇ!」
キラキラ光る目と八重歯と、オーバーにがっつく唇に、ぺろりぺろり消えてゆく。
「…そんな美味いさ?ベッチャベチャさこれ…レトルトってやっぱ」
「ったりまえだろ!一番だな、今まで食った中でいっちばん!」
歯を剥いて笑うその顔は、真っ赤に染まった純粋な色。妖しく笑うこの人も好きなのに。一緒に笑う発も好き。
「ん?なに?」
「なんでもないさ」
首を傾げるその笑顔に、どれだけ腹を立ててどれだけ救われたか。実はちゃんとは伝えていない。
「んー…んめっ」
きっと豪華なものは沢山食べたことがあるだろうその人が、お世辞を言う人じゃないと知っていて、嘘をつくには下手な人だと知っていて。
「ごちそーさんでした!」
軽口も意地っ張りと甘えん坊の裏返しだと知っていて。
「……てんか?」
「んー……」
桜の日か積み上げた想い出を思ったら、込み上げてやまないモノはやっぱりこの気持ちひとつだけ。
好きだ、と、言ってみたくて言えなくて。
「なーに発情してんだよー」
顔が見えないように擦り寄ってみた。くすくす笑うその声は、その辺の不器用な所を察してくれる発の声。照れ隠しの反論の余地を残してくれる軽口に、少しだけ甘えよう。
頭を埋めた胸の熱さも、ときどき見せる、主導権を奪われたときの少し困った顔も、
「んー…やっぱあったかいさ、発」
それだけで。
モノトーンの生まれ変わり、カラフルな部屋。

「……チャーハンでキスってどうなんだよ」
「……ポテチ食べながらした人に言われなくないさ」

また二人して噴出した床の上。すっかり汗と体温に侵食されて、冷たさの欠片もなくなった。
「なぁ、……天化」
うつ伏せて冷たい床を探す隣の無邪気なコイビト。
「んー?なんさ?」
「ごめん。さっき」
「……なにがさ?」
昆虫よろしく床を這いずり回った首をもたげて、今日数度目の間抜け面を発に向けた。
本当に目の前のことに占有され通しの天化には、言っても"覚えがない"で通されそうな気はしなくもないのに。
何故だか凛として響く声。

ああ、俺も剣道始めてからかな。
頭の片隅がそう動いて、納得の後の暫しの沈黙。

「どうしたさ?なに?」
「昼間よ、…怒ったじゃん、俺。」
「そうさ?」
「ほら、……バカとか言ったろ」
「そんなのどっちもっしょ」
「じゃなくて。」
なんてことない。そう笑う天化も好きなんだけど。
「百均行ったとき。突き飛ばしただろ、お前のこと」
「ああ…そうだったさ?あんま覚えちゃないさーこだわんないかんね」
それは嘘。声色が変わったのも冷たい腕も悲痛な目も。本当は焼き付いてチラ付いて離れなかった。

「あそこ、ウチの会社」

「……へっ…?」
「……っても今は系列の子会社だけどよ」

あ゙ー!
言いよどむ言の葉に中途半端な悪態で、しなやかな指が髪をむしる。あぐらの足を、片方胸に抱え直した。

「創立の頃はおやじもかなり本腰入れて関わってたし…ガキだったけど俺も世話んなった人の手に渡ってるしよ」

そのあと軌道に乗るまで、ライバル会社が似たような事業立ち上げたから倒産ギリギリだわ企画そのものポシャる可能性大だわでもたついたし。
その間、ずっとおやじも忙しくて帰れなかったし。伯邑孝あんちゃんとおやじが衝突したのも初めてだったし。

真夏の夜に、しんしんと。

――……独白は続く。

「まぁ…だからその…まだ社員との間でギクシャクしたイメージ残ってたし、実際拭えてねーし…ウチと支社の敷居や垣根作っちまったのはホントだし…信頼とかいろいろなんつーか…」

伸ばした片方の脚の残りも引き寄せて。

「一生行かないと思ってた。」

寂しい想い出とリンクするから。並んだ膝に額を寄せて、天化の目の前。3度だけ、小さく膝が揺れた。

「でも!」
伸ばしかけた天化の右手がその二文字に弾かれる。凛としたその声は、初めて聞くこの人の弱音と、
「今日、天化と行ったらすげー楽しかった!マジで楽しかった!」
本音と、
「…だからまぁ、その、前より嫌いじゃねぇってゆーか…」
不器用な決意の一歩手前。
「いいモンじゃん?…てトコ?」
照れ隠しに持ち上がる口角に傾げる首にウインクに、
「発」
「おっ…」
抱き着いた首に驚いた瞳が少し大人で、
「それってもう社長っしょ」
愛しくて悔しくて力を込めた。
「いや、なんでんな飛躍すっかなお前…」
「そんなカオしてたさ」
「なに言ってんだんな大袈裟な」
「じゃ社長見習い」

ひとりでおとなにならないで。

悔しさと、ありがとうとおめでとうに嬉しさに。少しの寂しさ。
この人の抱えてきた道のりにやっと今交わったばかりで、もっと知りたくてだけどこのまま変わりたくなくて。

「やっぱ幸せってあったかいさ」

なにを言ったか覚えがない。いっぱいいっぱいでちんぷんかんぷんで、だけど目を見合わせて笑ったキスは、今日が一番あたたかかった。
夏の初めてのデートの日。


end.
2011/01/14/

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