親指(3/3)





送って5分。
フットワークも口もいろいろ軽い恋人のハズのその人を、告げる着信はいまだなく。
「…っあー!!」
あーだのうーだの叫んで枕を投げる時間に逆戻りした。
「変えんじゃなかったさー…あーもう!!」
取り消せるなら取り消したい。引きずり出てきたここ数日一連の記憶も行為も、取り消したくない取り消せない。人生初の恋煩いに赤っ恥で大沸騰だ。
「うあ゙ーー!!」
「落ち着けボケ息子」
いつの間にやら帰った親父。似合わないスーツに呆れ面をひっつけて枕元に立っていた。
「オ…あ、え!?ノックしてから入れって言ったさ!」
「第一声がそれかー?ん?」
「い゙ぃ゙っ…」
力の限り左右に引っ張られた両頬で、じゃあ一体何を言えるんだ。ささやかなる反抗期。
「天化ー!」
「う」
「そんな息子に育ててねぇぞ」
「……ごめんなひゃ」
「よし!」
解放された頬はきっとまだ左右に裂けたままだ。腹を抱えた天祥が足元に転がっていた。

昨日はあの手で優しく包まれたのに。今日だって。途中であんな、あんな…
「……天化」
階段を降りかけた呆れ声が振り向く。
「あ、なッ…なんでもないさ!」
「お前よぉ携帯壊したか?晩飯のメールしたら返ってきちまってよ」
「壊しちゃないけど…あ、やっぱ壊れてっかも、あー」
機械には弱い父。言い訳下手な天化は、中身が丸々父に似た。
「たまには俺だって晩飯の相談しようとしたのになァ!まいったまいった!」
苦労かけちゃ悪いと思ったのに。続く大袈裟なまでの大声と共に、突き付けられた白いビニール袋の群れ。
「スーパー寄ったら30円引きだったんだ。」
「だっ…え?…なんでこんなに買うさ親父!!バカっしょ!!」
山盛りの幕の内弁当が6人前。
「バカとはなんだバカとは!!」
「家計簿見てエンゲル係数計算したらいいさ!なんで6個も…」
「だからどのオカズにするかメールしたんだろーが!」
「ゔ」
「ボケ息子からエラーなんたらうんたら返ってきたぞー」

天爵の作ってくれた晩ごはん。冷蔵庫に残った有り合わせで、腹ペコ黄家にはちょうどいい野菜炒めにお味噌汁は母の味。
予期せぬ大量の幕の内の賞味期限は昨日と今日中で、結果、豪華より拷問に近い食卓と相成った。
朝のコンビニ菓子パンだって今の幕の内だって。

「……俺っち毎日ちゃんと家計考えてんのに」

小さい呟きは小さい反抗期。

「悪かったって、天化!」
「これじゃ明日っからモヤシ炒めばっかさ!野菜高騰くらい親父だって知ってるっしょ!!味噌もそろそろなくなるってのに!」
反抗期も通り越す主夫手前。
「……まぁいいじゃねぇかたまには!!育ち盛りが遠慮すンな!」
随分長く料理を仕事にしていたわりに、父はこの手の計算や計画が殊更苦手で。それでもガハガハ大口を開ける父に溜め息が出た。
「明日の夕方、油と牛乳と豚コマタイムセールだかんね。」

ふう。
お腹は空いている。昼も対して食べずにいたから空に近い。お金以前に食べる時間がなかったから。理由を聞くのは野暮ってモノだ。

幕の内をつつく箸が止まる。

……王サマ、まだひとりなんかなー…

浮遊した思考に走り出す気まずさ恥ずかしさ。
「天化?」
目の前で名を呼ぶ父の顔を見られない。脳内で流れ出した唐突な尾崎をBGMに、天化の箸が引っ込んだ。

軋むベッドの上に優しさを持ちより

「う、……あ゙ぁー!」

数日前になにも考えず風呂で熱唱した記憶。噴き出す羞恥にむせる麦茶。
「にいさまいけないんだー!きったねーぇ」
唐揚げ片手に笑う天祥、父の咳払い。だってだってだって!大混乱に見かねた天爵がテレビを付けた。
いつもよりはりつめた食卓。天化のハーフパンツの右のポケットの定位置で、着信音が響いて止まる。今の長さは絶対にメール。今のアドレスを知っているのは絶対に絶対に、

王サマ王サマ王サマ!

「…へ?」
飛び付いて開いたそれは、確かにメールを受信していた。見覚えのないアドレスの。

件名、Re;アドレス変えました。
本文、

ハートの絵文字がひとつ。

クリアキーを押しかけた天化の親指が止まって、変わりに溜め息が飛び出した。

アドレスに並んだ習いたての英単語。語呂合わせ。

「くらっしゅ…おん」
crash on.
「10…k…」
天化?

「…あっんのバカっ…!」

天化に夢中。

全身の血が逆流して麦茶を押し込んだ。オマケについたフォーエバー。
永遠に天化に夢中。
上がる体温が押さえられない。嬉しいでも恥ずかしいでも嫌でもないこの感覚は、やっぱり好きなんだろうか。
そそくさ登録ボタンを押しながら、親指の照れ隠し。

本文、もう消したさバカ。
返信は一言、じゃあ俺からメールする〜。

「――……あ゙ーッ!!」
「天化、壊れてねぇじゃねぇか携帯」
父の溜め息に硬直した。この世の全てが恥ずかしい。


「……こりゃー歳上にひっかかっちまったかな…」
勘違いの親心には気付かないまま、初めて訪れる恋の夏。


end.
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主夫なのに外に本命が…(笑)
2011/01/10

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