親指(2/3)




「コラ!」
「げッ!いっ…たい痛い痛いー!」
「言い訳したらダメって言ったっしょ!!」
ゲンコツで頭ぐりぐりの刑。
「にいさまーいーたーいー!」
天化の半分の高さの小さい背。半分の重さの軽い体重。
「ぐりぐり!」
「ぎぶ!やだよもう〜」
そう言う割には笑顔全開の天祥は、天化の歳の半分以下で、甘えたい盛りに母に触れた時間も半分で。
「天祥、晩ごはんなに食べたい?」
「うへ?」
コロン。疑問符と一緒に首と目が傾いた。
「天化にいさまがつくるの?」
「へぇ?いつもそうさ?」
今度は兄の番。
「だってー!にいさまテストで忙しいから天爵にいさまがつくるって言ってたよ?」
だから僕はお皿洗いするんだーっ!
小さい胸が反り返る。

驚きと嬉しさと、あたたかさとくすぐったい切なさと。自信満々に小さいエプロンを取りに走る小さい手。

その小さな小さなエプロンは、最初は天化のモノだった。
少しだけ大きい水色のエプロンは、天禄兄貴のモノだった。
――大好きな母が創ってくれた。

「ただい…ちょっと!兄様!ドア開かないよ!」
「うわっ、押すな」
「ドーーン!」
「天祥ーー!」
重たいドアに寄りかかった次男にこじ開ける三男、嬉々として次男を引っ張って踏み倒す四男。
「天祥、暴れるなら外で暴れて」
「はぁーい!」
「ほら兄様も!」
「なんで俺っち…!!」

いつの間にか追い越されたのは、身長だけじゃないかも知れない。

「天祥ー!手洗いうがいー」
「わかってるよー」
さっきまで戯れていた生意気盛りが、ぱたぱた走る素直な音。洗面所で流れる冷たいシャワーの水の音。
「天爵」
「どうしたの?」
いまだ立ったままの次男を置いて、てきぱき進む三男の脚は台所。
「悪かったさ、ごめん。昨日帰んなくて」
「大丈夫だよ、ちゃんと勉強会って言ってあるから」

優しく笑う天爵に、兄の威厳もあったモンじゃない。何処からドコまでバレてるのだろう?
母親似の外見は二人共なかなか似ていたつもりで、きっと中身はみんな天爵が持ってってくれた。

「天爵にいさまがねー!チョココロネとメロンパン買ってくれたんだよ!」
クリームの!夕張クリームの!跳び跳ねて戻ってきた小さい親父似のその子に肩が落ちた。

俺っちの飯より菓子パンかい。

言いはしない不思議なジェラシー。因みに当の親父は焼きそばパンとカツサンド、朝から仲良く家族三人コンビニまで買いに行ったそうな。普段の朝食より断然高価なラインナップに、苦笑いの天爵が教えてくれた。
「たまには僕も料理くらい手伝いたいし。」
「天爵も明後日からテストっしょ?」
「……兄様の中間より全然」
「高校数学のが難しいさ!」
ムキになるのは何故だろう。しっかり者の弟に、すっかり追い抜かれたいろいろ。確かにあの頃の――少なくとも深夜まで煙草片手に街に出ていたあのときの中間テストには、もう二度とお目にかかりたくないイロイロがある。

仕方なく本日の台所は天爵に明け渡した。
遊んでとはしゃいだわりに、天祥はあっさり学童の友達と走って行った。

面白くない。
なにがなんて言えない。わからないから。違うと思った。
夏の夕日が傾いても、握ったままで動かないシャープペン。キャップを取られたままの蛍光ペンがカサカサ乾いて転がった。嫌な音を立てながら線を引っ張れば、全教科の教科書全文が緑に染まった。

違うのに。
帰ってこなければ良かった。
ちがう、帰りたくないんじゃない。一緒にいれば良かった。
違う。甘えすぎる。それじゃ倒れる。だってそもそもあんなやつ。おかしい、今更ながらおかしい。好きなんて言ったからだ。勉強机の椅子の背が、汗で背中に張り付いた。

「………は」

さみしい?

「……つ」

どうしてこんなに弱くて脆くて、会いに行けばいいのに。

嫌だ。
一度帰ると言ったから。

やっと充電器に繋がれた右手のケータイ。

「うっわ…覚えにく!変えろよ!」

持たせて貰った当初からさして手を加えていないそのアドレスに、ぶーたれた誰かがいて。
「あたしはもっちろんフォーエバーラブだもんねー!ハニーラブ!」
「なんで勝手においらの誕生日!」
「私は楊ゼン様の誕生日ですわー!」
「そんなぁぁ碧雲ちゃん!!」
「誕生日じゃ足りないかしらハニー!」
「ギィャアァア!!」

教室でキャイキャイはしゃぐ女子や恋人たちがいて。

……親指が迷う。

「あ゙ー!なんさコレ!!」
頭をよぎる女々しさに放り投げた枕。
「なんで俺っちがー!」
あーだのうーだの、自分の状況と思考に堪えられない。声にならない潰れた呻きが夕日と共にベッドに沈んだ。
馬鹿馬鹿しく過ぎた数時間。
散々呻き散らして怒鳴りかけて、枕を投げて布団を叩いて思わず近所のコースを全力疾走、後。

件名、アドレス変えました。
本文、登録よろしく。
簡素すぎるソレを目的の奴に送り付けて、何故だか清々した。
「バカが移ったさ…」
憎まれ口と一緒に、アドレスの末尾に並んだ数字。
8、9、10。
誕生日は知らなかった。知る予定もないしこだわる予定も未定のままで、横並びの出席番号。自分の名前は語呂合わせ。

「………バカさ俺っち…」

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