コントラスト(*)(2/3)




そんな状態の1限と半分。均衡が崩れたのは2限の半ばだった。

隙を見て肩に触れた発の手を跳ね除けて、睨む天化に黙るしかなかった。
本来正しい授業態度に戻ったその空気は、8番と9番の間だけに張り詰めて細く糸を引く。

終業のベルを引き連れて、案の定消える隣の9番。怒った足が向かう先は知っていて、――迷った。
追い掛ける?追い掛けない?
今までそんなの前者即答だったのに。寧ろ後者なんて考えなかったのに。

触れた後だから怖くなる。近付き過ぎたら離れるヤツだと解釈してた。実際近付いた。近付き過ぎた?それで?読めない足が廊下を漂う。理解していたつもりで…

嫌だ。
失うなんて離れるなんて。

追い掛けるのは衝動よりも少し落ち着いた、少しオトナの発の足取り。

青い空。白い雲。夏の温度。
給水タンクに背を預け、ふやけたコンクリートに右足を抱えて座り込んだそれを見付けた。


「…ごめん、ノリすぎた」
右隣に30センチの隙間と反省を込めて、すとん。収まる発。
「別になにも言ってないさ」
つっけんどんな声に、胸の中の反省と寂しさがせめぎ合う。
寂しい、触れたい、知りたい。嫌だ。離れるなんて。

武士道を重んじて歩くヤツ。白黒ハッキリわけるヤツ。

「だからもうしねぇよ」
ハッキリ告げたら、隣の身体が強張った。キツく抱く足に左向きの顔。
「……全然集中出来ねぇさ」
「…だよな。」
テスト前だし。人前だし。授業中だし。まして昨日の今日の発と天化だ。
肺いっぱいに吸い込んだ夏の酸素を吐き出そうとしたときだった。

「王サマのせいだかんね!」
大混乱の濁流に放った大声に、また一波乱。
「………あんなことばっかするからさ、…歩きにくくて困った」
デクレッシェンドなふてくされ声。濁流に放つ声が違う濁流に呑まれる兆しで、
「…えーっと…えー…お前ソレで怒ってんの?」
膝頭に埋めた額。伸びた髪がかかって顔はわからないまま、答えない声は肯定で、本当は怒っていないそれ。
「あーあ…」
心底脱力した。
ドコが武士道だ白黒だ。
隣のオトコノコは可愛い可愛いコイビトで、そんな盛りで、生まれたばかりのオトナの発は、込み上げた幼い濁流に呑まれてすみっこに引っ込んだ。

「かーわいいヤツ」
言いながらふてくされの横顔にキスをひとつ。振り向いた唇にキスをひとつ。二酸化炭素が期待した。
「…次、なんだっけ?」
「…雲中子センセ。」
「あー化学…んじゃあ」
少し遅れたってあの担任みたいに怒ったりしない先生で、そもそもその教科に興味の微塵もなくって、

「する?」

わざと上げた口角と細めた目で覗き込んだ顔は、あの目な訳ない。手のかかる素直じゃない可愛くなくて可愛くて、煽り上手な天化の目だった。

肩に触れただけで、タンクから右隣に預け変えられる重心。
「こーゆーのも体力馬鹿っての?新陳代謝?」
「…――知らないさそんなの」
続く軽口コントに期待の吐息。口付けて制服越しで撫でられた内腿に、天化の息が止まる。
「思春期って90分リズムで勃つらしーな」
「…だ、から知らないさそんなの!」
「昨日あんだけしたのになーぁ、天化」
いつの間にかあっさり崩した足の間に丸まる頭に、オボエタテのナントカが猫パンチを繰り出した。本気で嫌な筈がない。それでめげる発じゃない。

なにしてんだろ、俺。

頭の隅だけ鮮明で、目の前の天化が霞んで見える。ぼやけ続けるアウトライン。伸ばした指に嚥下する恋心と下心。
「持ってないよな、ティッシュとか」
二人の性格からして律儀に持ってはないだろう。確認どうこうな訳じゃない。頭の片隅の天使の発が、流石に汚したら悪いだろうと思った。それだけで。
ちゃんとコイツ予告してくれるだろーか、なんて働く頭。昨日を思えば人のことをとやかく言えないのだけど。すべき筈のその確認は、言わない。今は口が忙しいから。
投げ出しされた左足が跳ねる。そう言えば昨日枕を蹴ったのも左足だった。
「癖?」
ここで確認。
なにに対してかわからないままの天化の疑問符は、噛み締めた唇に消えた。断続的に微かな力が入る左足に、
――やっぱ左。
知ったらそれがきっと嬉しい。
「…は…っつ」
名前の二文字と熱い息。感嘆を漏らしながら天を仰いだ天化の目に、直撃のデジャヴュが轟いた。

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