ハジメテの二文字(*)(3/3)




「最悪…バカか俺……」

こんなに早い終結なんて望んでいない。姫発至上最低の大失態。
せっかく触れられたのに辛すぎる。カッコ悪いこと限りなし。
すっかり心はグロッキー。沈むスプリングが恨めしい。
「はぁーあ…」
溜め息と叩きつけるシャワーの音は虚しく続く。今さっきつけた電気にかざした右手が、渇いてひきつった。
「……最初っからシャワー浴びりゃよかったかー…」
それならその間にこっそり一度抜けたのに。
「…だーって我慢出来ねぇもん」
今更な自問自答。
散々キレイに妄想した初夜だって、予想外の間合いから打ってくる天化に振り回され通しで。

なんだよアイツ。
前戯もいらないってか。余計わかんねぇ!

「あ゙ーもうー!」
ひっくり返ってゴロゴロ。叩く枕。今度はしっかり上下を確かめた。
「ばかやろーーぉ!」
「王サマ?」
頭に被った白いタオル。濡れた髪に素っ裸で仁王立ちする声の主。色気の欠片は消えていた。
「…どう?目」
「うん。もうへーきさ」
「……ゴメン」
「あーたが謝るなって言った癖に」
不満気な声に言葉が止まる。
「……まぁ、アレ半分お前のだもんな」
「王サマ!」
「いでッ!」
減らず口につねる頬は相変わらずで、
「…なにスッキリした顔しちゃってんのー天化ちゃん」
「……」
真っ赤な顔が睨み返した。

「あー…もう…ちょっとほっといて…マジでへこむ…」
ベッドに沈み込んだ身体が重い。また立ち上る溜め息に、微笑んだのは天化だった。
「…ほっとけって」
言いかけた発の唇。猫のようにするり潜り込む左隣。
「…天化」
「安心した」
「なにが」
発の肩に擦りよる額と、発の頭をポンポン叩くアンバランス。
「馬鹿にすんなーコラ」
「…王サマ、平気なんだと思ったからさ」
「なに?」
「……慣れてんのかと思った。もっと…女の人とかさ。だから」
擦りよって言いよどんだ唇の形。だだっ子のようなそれ。

妬いてる?

「天化!」
「ぅぶへっ」
勢いよく両手で挟んだ頬の真ん中。口から飛び出す色気ない驚きは、好きで堪らない気持ちとイコールで。

「天化だけだろ!」
目の前の天化の目。映る発の顔。
「王サマ」
「天化だけ!好きだって言ったろ!」
目の前の発の目。映る天化の顔。
あまりにも真剣な声に、罰が悪くて反対に身をよじる。跳ね上がる心拍数。

「逃げんな!」
「逃げてねぇさ!」
「じゃあどーしたら信じんだよ?好きなんだって!天化だけ!天化が最初で最後!」
散々遊び散らしても、心ごと欲しいのは手の中の人が初めてで、幼くて。
「てーんーか!」
沈黙の膨れっ面。
「天化!」
「……どんぐらいさ?」
「数字で出せたら辛くねぇ!」
叫んだ声に、瞬いた天化が目を伏せた。
「……うん」
なにに対しての返事かわからない。でも嬉しかった。
きっとお互い。
肩と胸に埋まる濡れた髪。
おずおず首に回る腕。
「……俺っちも、…わかんねぇさ」
呟いて二人で重ねた唇。
「天化が好きだ」
「…うん」
抱き締めたまま転がった。
「……はつ」
消えそうな声に、ようやく降りてきたムードの神様。
眠らない夜が過ぎる。

瞼が完全にくっつくまでの数時間。空っぽになるまで。ただひたすら触り合って戯れて、幼い幼いキスをした。
隣も夢もあたたかい。


夏の太陽は早い。遮光カーテンの隙間は、容赦ない朝焼けに身を捧げていた。頭はベッドに沈めたまま、天化の右手が隣を拐迷う。
「……王サマ…?」
冷たい隣。しわくちゃなシーツ。
また夢かと思った寂しさは、飛び起きた足元で、小さく小さく丸まっていた。

「…いっつも一人なんかい?」
答えない発は、穏やかな寝息に包まれたアンモナイトの化石の形。
うつ伏せで這って隣に陣取る。一枚だけの毛布は、天化の寝相の餌食になって床の上。
「……はつ」
呟いてみたら増した愛しさ。
「俺っち一緒にいるさ」
わからない。でも、可愛いと思う。込み上げる。離したくない。それって「好き」の二文字に入れて良いのだろうか。

「…好きさ」

丸まった大きな人を、ふんわり抱いてまた夢の中。微かに持ち上がる口角が、好き。

「……んー…」
寝不足の発の顔の上で小さく痙攣した右の瞼。
「……ぁ?」
浅い覚醒は、隣の夢と現と入れ違い。
「てんか?」
頬にあたる髪をそっと絡めた。
「…甘えてんの?」
自分の頭を抱き締めて寝息を立てる天化の胸から、微かに届く穏やかな心音。
「かーわいいヤツ」
そっと触れたキスに、ふにゃふにゃ動く口が好き。
また落ちる夢の中。


「なんで起こしてくんねぇさ!」
「俺天化の親父じゃねぇもん!」
気が付かない目覚ましの悲鳴に、とっくに天に帰ってしまったムードの神様。
始発で帰って朝ごはん、登校。そんな果たされることなく大幅に狂った予定に、呆れた時計は8時ギリギリを走っていた。
電池切れ間近の携帯には、おかんむりの親父の留守電。今日の黄家は全員菓子パン決定だ。

「もう俺っち先行くさ!」
「いくらなんでもシャワー浴びてけ」

バタバタ慌ただしく走り回る高層マンション。オートロックのドアをくぐるそのときだった。

「天化、忘れ物」
「へ…ッ」
振り向いたら馬鹿を見た。
「おはようのチュウ」
「……馬鹿さあーた」

ニヤリ笑いに嫌なふり。

そんな所が好きなんだけど。多分。



end.
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愛しさと初々しさとバカバカしさと。たっくさん込めましたらぶらぶ!
2010/12/10

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