ハジメテの二文字(*)(2/3)




顔を挟んでいた発の掌が腰を滑る。
反射的に捻った半身。痛い程に昂ぶる熱に、恥ずかしいやら嬉しいやら。どうして男の身体はこんなに即物的なんだろう。これでも全力で気付かれないようにしたつもりなのに。
「なぁ、天化」
「……っ」
制服の上からゆっくりなぞられる内腿に寒気が走る。固く閉ざした口に、上手く息が吐けない。強く引き寄せられた腰が痛い。顔が熱い。
言える筈がない。夕食前からずっとそんな期待に溢れてたなんて。目の前が白く消えるのは、貧血か他の期待かわからない。痛くて熱くて堪らない。昨日の今日でこんな自分がわからない。
「天化」
耳元で囁き続ける声の主。
…いい加減おかしくなる。太腿に触れる布越しの発の堅さに、意識が飛びそうだった。
きっとお互い。
「…っぁ、…」
ファスナーと戯れる発の指に跳ねる。隆起に引っ掛かって止まったままの金具がじれったい。おかしくなる。
死んでも言えない、早く触って解放したいなんて。
光る発の目。ふたつ開いた天化のシャツのボタンに、隙間から降り注ぐ熱い唇に。おかしくなる、本当に。
「天化」
「……っ自分で出来る!」
「はぁ?」

思わず突っぱねた身体と唖然とする発の顔。時が止まった。開いた口が塞がらない。まさにそんな顔だった。

「んなことされなくても自分で脱げるさ!」
ベッドの発を置き去りにして、背を向ける少し長い襟足。立て膝のままの両腕が一瞬迷って、深呼吸の直後。一気に膝まで引きずりおろされたグレーのズボンとブルーの下着に、また発の顎が落ちた。
「オイっ…」
鮮やかなコントラストが目に痛い。
一連の流れに開いた口が塞がらない。振り向いて睨みつける真っ赤な顔。
「…っんでまだ服着てるさ!」
「いや、なんでって…」
あと1秒でも放っておいたら、ずるいと叫び出すだろう剣幕の天化に溜息が出た。

「――もう!どーしてくれんだよ俺の悩みー!」

何ヵ月も待ったのに!
覆いかぶさって潰した下で、小さい抗議の声がする。嬉しくない訳ない。こんなに簡単に片付けられて、展開が早すぎて、あれだけ待った自分が悔しい。
「俺がバカみたいじゃん」
「とっくに知ってるさ」
「そーじゃねぇ!」
馬鹿馬鹿しくてやってられっか!
汗ではり付く制服を脱ぎ散らかしながら塞いだ唇。感嘆の吐息。すっかり味をしめた天化の舌に、意思を持ってねだられる。
ああもう!
それだけで天に召されそうだ。

でもキスは中断。他でもない天化のおねだりだから仕方ない。
「天化ちゃんの足ー」
頬ずりしたら思いっきり引っ張られた耳。脚の間に陣取るまでに、何度か頭を叩かれた。
「なんだよ?おねだり上手」
大して力もないへろへろ猫パンチ。
「煽り上手」
それでも減らない減らず口。ムードもなにもあったもんじゃない。
「…うぁッ」
握った掌の中で跳ね上がる天化が愛しい。何回、何回待ったか知れない瞬間。
「な、に…するさッ」
叩かれる頭は相変わらず痛いけど、震える声は可愛いと思う。
「なにじゃねーよ、天化が誘った癖に」
尖らせた口と黙り込む口。髪を絡めて叩く拳は、もうほとんど抗議の意味がない。相変わらず痛いけど。
「……っは」
「天化、声」
熱い指先。左右に振れる天化の頭。散らばる黒髪の一本一本が悦んで恋しくて。その左足が枕を蹴ってふと思う。

あれ?…ベッドの上下間違えてら。

一瞬で抵抗はなくなった。
それからはあっという間。
「だ、め…だめさもう」
「いーやーだ」
「……っつ、はつ、」
二回弱々しく呟いた声。
「天化」
「……っふ、あ…――ッ」
握った拳。
強張った天化の声にならない叫びを聞いた。


酷く痛い。頭が割れんばかりに痛い。もう一体なんの感情が混じってるのかわからない。
きっと共有しているその感覚が堪らない。白く塗りつぶされる両手が嬉しい。わざと舐めた天化の味は苦かったけど。

「……天化?」
力なくベッドに埋もれたその人は、すっかり遠い世界の住人だった。
「おーい!てーんーかー!」
浅く荒い息にくっつきそうな上瞼と下瞼。
「てーんーか!寝るなって」
「……てないさ」
身体いっぱいで余韻に浸る一回り小さいソイツが可愛くて仕方ない。初めて他人に促された快感は、計り知れない痺れを孕んで駆け抜けた。
発だってそんなに歓迎されるとは夢にも思わなかったから。また触れたくて仕方ない。
「あ、ヤベ」
思わず髪を撫でた手を見て後悔した。言わずもがなドロドロのそれ。ベタベタの天化。ちょっとした歓喜でもあって、相変わらずわからない。
手を伸ばした先にある筈のボックスティッシュは、既にどちらかの足が蹴落とした模様。
「天化ちょい待っ…」
言いかけた身体が傾いた。引っ張られた腕。
「てんか?」
随分間抜けな声が出て、また後悔した。どうして今日に限ってこんなに格好つかないのだろう。…答えはひとつだとわかってるのに。

まだ赤い、焦点が合わない顔のその人が、自分の足の間に丸まる瞬間。
「……してくれんの?」
答えない声は、きっと了承。そうでなければ睨むなり叩くなりつつくなりするはずの天化だから。
そりゃーして欲しくて堪らない。嬉しくて堪らない。してくれなきゃ困る。
あからさまに上下した喉に期待する身体。
「…ぅっ…!」
飲み込んだ息が熱い。たどたどしく触れる天化の指が熱い。右手の親指と人差し指。
細くした瞼の間でぶれる残像。……違う。もっと見ていよう。指の這う道が熱い。
「…あー…天化そこ」
思わず飛び出たリクエストに自分でぎょっとして、最後は飲み込んだ。
案の定突き刺さるご機嫌斜めな空気が痛い。
一瞬酷い鋭さで睨まれた。ハジメテの日に最初に合う目がそれで、どうすればいいかわからない。
幼いながらに溺れたいろいろ。懺悔と共に走馬灯の如く駆け抜ける。

俺の馬鹿!

心の中で叫んで詫びた。

それでも一心不乱に向かう天化が、負けず嫌いでバカで可愛くて意地らしくて仕方ない。
汚れた髪をまた撫でた。

「…天化」

撫でた頭。好きで好きで。離したくない。

頭ってこんなに熱いっけ?ああ、夏だもんな。

浮遊する。

違う、天化だからか。
……天化だから?

浮遊して止まらない。
見下ろした脚の間。黒い髪。撫でて汚れた髪一帯。好きで。
「……王サマ?」
「…ぅ、あ…ッ…――!!」
不意に見上げた赤い顔を、認識したときには遅かった。

うそだろ…

震える身体に遠退く意識。驚いた天化の小さい悲鳴。

嘘だろいくらなんでも!

嘘じゃないのは身体に残る快感の余韻が、誰より自分が知っていて。
「痛…」
「うわバカ!擦んな!」
「いってぇさナニコレ!」
寝起きの子供よろしく目と鼻を両手で擦る目の前の負けず嫌い。流れた白濁にまみれた恋人を悦ぶ暇なんてない。
「どっち!?見える?」
「右…うあ、両方!」
腕を掴んでバタバタ走る洗面所。
「お前コンタクトとか」
「ないさ!いってぇ…」
予想外の展開でバスルームに押し込めた。正確に言えば閉め出された、…のかも知れない。
叩きつけるシャワーの音を聞きながら、力なく倒れた発の身体とベッドが軋む。

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