伝言ゲームと黄金期(2/2)




一日は長い。太陽の勢力は増すばかりの7月目前。明日からはテスト前で部活も休みで、とにもかくにも憂鬱だった。
鬱々と続く伝言ゲームに止まらない苛立ちのまま、振り払おうと向かった道場。

思うように動けない。
「俺も明日っから道場入っていいってさ!」
すっかり忘れていた言葉に舌打ちした。

乾いた竹刀独特の音。
「天化くん、右の手首が伸びすぎる!」
天化の太刀を受けて楊ゼンの渇が飛ぶ。そこにはあの甘さの欠片もない。
「ほら、右の手首!」
「わーってるさ!!」
「わかってないな…」
瞬間に奪われる小手。
「肩が上がり通しだから脇が広がって甘くなる。肘も高い。わかったらもう一本!」
ぶつかる竹刀に二人の防具と、道場の床を駆ける足。袴の裾が纏わりついて、見取り稽古の面々の中に存在する王サマが、纏わりついて離れない。
「振りかぶりが大き過ぎる!そのままの勢いと力で振り下ろしても有効な一本にならないと言ったでしょう!」
知っている、わかってる。何度も言われてたこと。
「ほら、君の剣は落ち着きがない!」
言われなくてもそんなこと!
「左足にまったく神経が集中してない!…膝!」
「わーってるさ!」
「わかってない、だから踏み込みとタイミングがずれるんだ!」
言い返せない。
「今日はどうした?天化くんらしくない」
重い。楊ゼンの一本一本が。強い人だとは知っている。それでもこれだけ注意されるのは自分に課題が多いからで、
「また右手!」
「うらあぁああ!」
「ここで間合いを詰めてもつばぜり合いになるだけだよ!右手!」
吹き飛ばされて間合いが開く。遠い。遠すぎる。
「天化くん、どうしてこんな初歩的なことばっかり…」
初歩的なこと。そうだ、自分が最近誰かに教えたことばっかりだ…誰に?一体誰に?その人が見ている。すぐ目と鼻の先で。

遠い。
果てしない。

確か、そう遠くない昔にこんなことがあった気がする。
ああそうだ。授業中に眠ったときだ。サブグラを走った日。

思考が辿り着いた瞬間、間延びしたその声がした。

「…もうそこら辺にしておいてやれ、楊ゼン」
「太公望師父!」
太刀を止めて90度に頭を下げる楊ゼンに
「な…なんで!?」
声を上げたのは見取り稽古の発。
「なんでって…知らないのかい?」
姿勢を正しながら呆れて答えたのは再び楊ゼン。

「副将普賢・大将望。我が部を初の団体戦優勝に導いたのは、二人が揃った初代黄金期の先輩方だ。」

脳裏に浮かべて固まり果てたのは天化だった。

結果的に休憩に入った剣道部に、各々の時間が訪れる。

発の脳内で繋がる一連の違和感。

怒らせたら怖い先生ってそのことだったのか。
あの本はそれでか。
自分も剣道に染まってきた今となっちゃ、確かにあの威圧感はさっきの楊ゼン以上だった。
で、邪気もなく水をぶっ掛ける荒業をかましてくれたカウンセラーさんは、闘争心とやらをキレイさっぱり消せる訳だ。
なるほど、そりゃこええー。

……ってことは先生、え?さんじゅう越え…中年……?

きっと全部大当たり。




――結果的に休憩に入った剣道部に、各々の時間が訪れる。


「…なんでさ?」

担任に連れ出された天化の疑問符。この人が大将だったと言われた今も、見えてくる物がない。
道場脇の木陰ベンチ。座りたくないそこに無理矢理座らされた。逆らおうには理由が軽薄過ぎる。
王サマが昨日座ってた。好きな人の話をしてた。軽薄すぎる、いろいろ。
「なんで俺っちさ?」
「なーに、期待しておらねばあんなに熱心に叱らぬよ。わしも楊ゼンも。」
捕らえ所のない声が風に舞う。
「別にそーゆーこと聞いてるんじゃないさ」
「むう。そう硬い顔をするな天化」
笑う顔に結局また言い返せない。
「おぬしは強い。」
吹き抜ける風。
「さっきの太刀筋を見て正直ゾッとしたわ。」
「それ褒めてんかい?」
「そうでなければわざわざ話しにくるか。テスト作り真っ最中じゃダアホ」
「…うん、ありがと、さ。センセ」
風が抜ける空は、まだまだ太陽が高い。青い空。もう何日かしたら入道雲も見える季節。今は雲ひとつない。
「天化。わしはおぬしが剣道を始めた理由はなにも知らん。経歴も知らん。」
とつとつと声は続く。
「だが"争心"だけでは続かぬよ。」
「……わかってるさ、なんとなく…」
「ならよい。」
走り抜ける生暖かい夏の風。
「…始めた理由はどうあれ、剣の道は誰かの為に進む物ではないからのう。己に勝ち、相手に礼を尽くすこと。それを出来る者は強い。」
「じゃあセンセーはなんで剣道始めたさ?」
「平常点稼ぎ」
「はぁぁ!?」
突拍子もない間抜けな声に、丸い目が転がった。
「テストだけで進級出来たらカンニングの苦労もしないだろう?」
「いや、そーゆー意味じゃなくてさ」
「たまたま創立したばかりで一番楽そうなのが剣道部だった。なにしろ部長以外まだ部員ゼロ!入部と同時にトップ入りだろう!しかも隔離された道場ならサボり放題!」
「ホントにそれだけかい?」
まくし立てた童顔教師の明るい声が、ぴたりと止まる一瞬。

やはりそういう感は鋭いのう。
声には出さなかった心音。

「……一本だけ、どうしても取りたい一本があった。」

前を見る目。遠い昔を見る、大人の目。
天化の隣の空気は、今と昔を繋ぐ媒介。
冷や水を浴びるより真夏の異常気象より目が覚める声。

「…結局、最後まで時は待ってくれなかったがのーう」

飄々と。
風の音がやんだ気がする。

「そーでなければあんな重たい物を好き好んで振り回す奴がおるか、面倒くさい。」
「……ああ、うん。センセーはそんな感じがするさ」

だから顧問にもついてないんだろう。
無理矢理に指導したって、それは自分の為の道を歩いてはいないから。

「"理由"も誰かを越えたい"目標"も、そもそも"己"がなければ成り立たんだろう?」

不思議と次に続く言葉が見えた気がして、風の尻尾を捕まえた気がして、沸き立つ気持ちはなんだろう?

「争心を捨てよ。己を知らねば己に勝てぬ。己を知らねば相手もおらぬ。――さて、天化。そろそろわかるであろう!こっから先は自分で考えいっ」

欠伸をしながらベンチを飛び降りるその身体。
掴みどころのない言い草に、真面目なんだか不真面目なんだか計りかねるその姿に、似ている人を知っている気がする。

「そもそも"己"がなければ成り立たんだろう?」

前にも言われた気がして。

「だからオメーは主体性ねぇっつってんだ!」

それは誰だろう。
今なんで一体どうして剣道部に入る決心がついたんだろう。
決めたのは天化自身で、後押ししてくれたのは父だった。
その最初のひと声を、かけてくれた人。

思い出したら目が熱い。

こんなに掻き乱されるのに、どうしようもなく嬉しくて。
やっと見えた気がする。間に合うかもしれない。
雲が流れる。
走れ!



end.
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やっとだ…!
ずっと書きたかった師範代楊ゼンと、発ちゃん望ちゃんはちょっと似ているかもって。
2010/12/05

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