こっち回り(2/2)




日は高い。沈んでは昇り沈んでは昇る。
「王サマー遅れるさー!」
「わかってる!」
何度も繰り返す太陽に見送られ、走って教室から飛び出す二人ももう日常の一部になった一年A組。
「発ちゃん、変わったよなぁ…」
道場の周りに集まるギャラリーの目的が師範代だけでなくなっていることに気付かないのは、案の定天化だけだ。
「……天化くんは今日から中に入って稽古を始めようと思う。」
「ぃやった!ありがとさ楊ゼンさん!」
「え!?俺は!?」
「外周メニューの後は素振りと形の稽古。まだ道場には入れないよ」
言い渡した楊ゼンの言葉に他意がないことは確かだ、恐らく。多分。

はっ、はっ、はっ。続く息。
「ばっかやろー、やってられっか…!!」
そう言いながら止まらない足。誰かに触発されたからだろうか。
はっ、はっ、はっ。まだ高い太陽。
一周1.5キロ。もう五回は同じ景色が過ぎた。それで良いじゃないか。良くない。だってまだ天化に追いつかない。アイツはもっと長い距離をもっと平気な顔して走ってた。今頃道場で稽古出来て、ニカニカ子供みたいに笑って喜んでいるのだろうか。
ばかやろ。楊ゼンにコーチにニカニカ笑ってるんだろうか。
腹の底がぐつぐつ煮え立つ。想像出来る辺りが嫌だ。

以前とは違うそれを抱えて迎える、六回目の同じ景色。それでも敵わない、それでもアイツに敵わない。チクショウ!
「発よ、ちょっとコレを持ってくれんかー」
「あ゙?トレーニング中だっつの」
「まぁそう言わず」
「だ!重ッ…」
いきなり手に抱えさせられた大量の本にバランスが崩れた。違う、つっこむべきはそこじゃない!
「太公望ーなんだよ一体!」
「うむ」
そもそもどっからわいて出た!時代錯誤の指し棒担任。
勝手に腕に任された本の山。にやりと笑う童顔の左手が、満足気に口元を撫でる。
「…なるほどな」
「なにがだよ?」
剣道教室だのなんだの、電話帳並みに分厚い古本が数冊――全て剣道用の教本らしいそれ。

「…なんで」
「こっち回りなら天化に勝てるだろう?」
「こっちって」
「剣道は体力も使うが知力も使う。」
うんうん。思わず頷く頭、本を抱える腕。しかし無意識に次に進む足。
「もともとズバ抜けて体力のある天化と基礎体力ゼロのおぬしでは勝負にならん!」
「オイてめっ…」
「ならば基礎トレ以外はコッチにまわせぃ!」

ぴっ。

キメポーズよろしく頭を指す指先になびく黒髪。

「なるほどな!さっすがズル一番!」
「ダアホ!」
「痛ッ!」
零れた言葉に頬に刺さる指し棒。
「勝手にせい!その本はくれてやる!」
怒った担任の背が見えなくなったのはすぐ後のこと。

「…ってかなんでアイツが」

当然の疑問を呟きながら、本を抱えた発の姿が夕陽に溶けた。


end.
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やっと出てきた面々。
天化の運動量は自分の学生時代の物なので少ないかもです…
2010/11/30

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