しりとり(3/3)




ずっとこのままでいたい。懐かしくてあたたかくて、窓の外の熱い太陽と漂う大好きな炒飯の匂い。久しぶりに嗅ぐ焦げ臭さに、回る換気扇ののどかな音。
「天化ー!そろそろ起きないと遅刻するぞ!」
「……んー…」
ん?
オヤジ?
寝ぼけ眼でもたげた頭に処理能力はない。豪快にドアを蹴っ飛ばした父がいて、
「にいさまー!」
「ぐぇッ」
腹に飛び乗る天祥の重さ。引き剥がされかけた毛布を必死で引っ張った。
「ちょ、天祥!オヤジ仕事…」
「ああ、たまにはいいだろ!炒飯出来てるぞ」
「お父さん、ゆーきゅーだって!」
時計を見れば六時半。毎朝律儀に五時に起こしてくれるソイツが、とっくに止まっていた。
「……お、天祥下りるさ!」
「ヤダよー遊ぼう、にいさま!!」
違う。そんな意味じゃなくて。遅刻云々でもなくて…

一番の問題は、昨日のアレはドコから夢でドコから現実か、他の夢なんて見た覚えはないのに濡れた下着をどうするかだ。よりによってなんで!
遊んで攻撃に毛布の攻防、
「天祥、兄様が困ってるだろ」
恐らく事態を察している天爵と、渋々離れる天祥と、
「おーい!下りてこい!!」
察してくれないオヤジの声。慌ただしく階段を駆け下りた弟たちが消えて、やっと息を吐き出した。

「最悪さ…」
なんで今。なんで王サマ。なんで今日だけ有休とるさオヤジ…
バッテリー切れでほったらかしの携帯電話。
既にけたたましい音を立てて回っている洗濯機にウンザリした。…それでも混乱しても仕方ない。溜め息と共に着替えにかかろうと、起き上がった瞬間だった。
「にいさまー!」
「天祥ー!ノックしろっていっつも言っ…」
「よ、おはよ!」

まさか。
慌てて毛布をひっかぶった向こうに見慣れ過ぎた人がいて、新手の目眩が止まらない。
「な…あーた…なんっ」
「名簿見たらそんな遠くなかったしよ。なー天祥?」
「ねー発ちゃん!」
もう形成されたタッグに開いた口が塞がらない。
子供には優しい顔するさ…
じゃない!考えるべきはそこじゃない!
「出てくさ!」
枕を投げたらひらりと避けた。すっかりなついた天祥を抱き上げて、
「オネショかっこ悪いぞー」
「にいさまかっこ悪いぞー」
「お前の分冷めちまうぞー」
ドアが閉まった。


…俺っちのプライバシー…オヤジまで…


着ていた服はベッドの下に蹴り入れた。
「ちっくしょ…!」
余計に二回蹴って、制服を見てふと気付く。
ああ、もう衣替えか。夏の間はあのネクタイともしばしお別れ…それで王サマが少し柔らかく見えた気がした。
って考えるべきはそこじゃない!

「うわ!うっんめぇ!さすがプロ!」
「なんであーたが食ってるさ!」
「客人に振る舞うのは当たり前だろ!」
「オヤジ…」
白い皿に頭ごと突っ込んで頬張る炒飯。呆れて出て行く天爵の足音。天祥のおかわりの声がした。
「……ん?俺っちの分…」
まさかと思ったが遅い。こうなったらなんの因果だなんて考えるだけ意味がない。
皿を抱え込んだ王サマの横からスプーンを突っ込んだ。
「なんだよー天化」
「うっさい!」
朝から大盛りの炒飯。ぶつかる頭に膨らむ二人の頬袋。右から左から食べ進むこれは、最早早食い王者決定戦の類に近い。
「いい友達持ったなァ天化!」
目の前で豪快に笑う父に、特に反論はせず――寧ろ出来ない事実に驚いた。
食べ進むスプーンのぶつかる距離。
「…あ」
何故互いに迷うのか。
王サマには食わせないと突っぱねれば良い。
ケチケチすんなとでも言って食べてしまえば良い。
「もーらいっ」
特攻した天祥のスプーンに呆気なく破れる境界線。発の猫目。天化の垂れ目。見合わせた目に思わず笑って、息が詰まって一緒反らせた。
どうしたいのかわからない。胸が苦しい。食べ過ぎ…た、ことにする。

「…そろそろホントに遅刻するぞ」

父の声と7時半の長針に弾かれて家を飛び出す高校生二人。玄関の横に停めたままの小さい折り畳み自転車に、発が笑った。

「あ゙ー、満腹で走るとキツイなー」
「だからスタミナなさすぎさ」
走る二人。
「あれ、Suicaねえ!切符」
「270円!!」
改札の先と手前の押収。
「…お前、これなんの匂い?」
「は?」
「シャンプー?石鹸?」
「ああ…多分炭石鹸さー」
「むてんか」
「人の名前で遊ばないで欲しいさー」
もみくちゃな満員電車のドアの横。
「…王サマ、もうちょい離れて」
「えー、なんで?」
「臭いさあーた」
「はぁ!?」

正体はウッドベースの香水で、……無駄に胸が苦しいのはソイツの所為にしておこう。ギュウギュウ詰めの電車内。王サマの鞄の中で、ポテトチップが粉になった。


end.
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アレ…?
いい加減好きな発ちゃんににぶちん天化。
2010/11/21

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