8と9、表裏。(2/3)




「ま、寝てた俺っちが悪いさー」
「お前マジで走んの?」
「ちょうど最近筋トレ足りてなかったさ」
「……てかやり過ぎて寝てたんだろ…」
罰せられたのに飄々と楽しそうに制服の腕をまくる姿は、近付いたのに離れて往く風のよう。
教師陣から見えないこのサブグラウンドで、本気で100週走るヤツの気が知れない。
「天化ー」
軽く屈伸して走り出した背中を追い越して、仕方なく隣に並ぶ午後。照りつける太陽に背中が焦げる。脳内で、なにかが膨れて流れ出しそうで。
「天化、お前なんでそんな良い子ぶってんだよ?」
「ぶってないさ。」
はっ、はっ、はっ。規則正しい息遣い。
「ってかさぁ、じゃあお前そもそもなんでそんな悪ぶってんの?そんなヤツじゃないだろ」
「ゲスの勘繰りさ」
はっ、はっ、はっ。規則正しい息遣い。それに腹が立つ。飄々と楽しそうに表情なく言うその姿が。やっと近付いたのに。のに。
「王サマこそいっつものらりくらり主体性がないさ。……見てて腹立つ」
「……だと?」
砂利を踏む音に紛れて、小さく小さく毒づく唇。最近咥えてない煙草を咥える仕草。
つい昨日、そこに収まってるチュッパチャップスに笑い転げた二人なのに。
なんで今更、そんなこと!腹の底がぐらぐら揺れる。零れる、溢れる、バカヤロウ。ムカつく。


決壊は、早い。


「主体性?俺が?」
「最初っからそうさ。あんなコト"相手が勝手に脱いだ"で済む訳ないさ!」
「こっちの台詞だ!俺はお前と違うんだよ!」
「人巻き込んでよく言うさ、…王サマ」
「"王様"って言うなっつってんだろ!?」

気付いたら力任せに掴んでいた天化の胸ぐら。赤いネクタイ。

「ほら、すぐムキになるさ」
「それはそっちだろーが!っんで被害者ヅラしてんだよ!」

掴み返した発の胸ぐら。あの日から変わらない赤いネクタイ。

「俺っちは違うさ!」
誰も巻き込んでない。
煙草も自分の意思、バイトも自分の意思。
「王サマが勝手に首突っ込んでくるからこーゆーことんなるさ!?」
「…っざけんじゃねぇ!」
発の拳が、天化の左頬にめり込んだ。初めてだ。生まれて初めて本気で人を殴った。
「なにムキんなってるさ?」
「オメーがそーやって一匹狼気取るからだろ!!」

決壊は、早い。止まらない。

「人に迷惑かけてないからイイ、だぁ?あ?そーやって自分だけ被害者ぶってんだよ、お前は!」
逃げてるだけだ。
「王様にわかってたまっか!」

殴り返した拳に、反転して倒れる発の体。

「…お前、オヤジが好きなんてよく言うよな。」

埃にまみれた赤いネクタイ。あの日と同じ好戦的で挑戦的な目が、叫び問う。

「オヤジが目標?弟の為家族の為?よく言うよ!その為になんもかも諦めましたって、どの面下げてオヤジが目標だ!甘ったれてんじゃねぇ!」
「オヤジは関係ないさ!王サマにはわかんねぇ!」
「部活やりてぇなら言えばいいだろ!一晩バイトしてねぇで勉強して推薦でも奨学金でも取って大学行きゃいいだろが!それすら言えねぇオヤジ相手に目標なんて言ってんじゃねぇ馬鹿野郎!」
「ならあーたがそうすりゃいいさ!」

負けず嫌いな突き刺すような目が、睨む。

「やりたいこともないあーたに言われたくないさ!」
「だからオメーは主体性ねぇっつってんだ!オヤジオヤジ王サマ王サマ被害者ぶって一人んなってなにが楽しいんだよ!?」

一度決壊したキモチは、縺れたまま取っ組み合う腕と脚と掴む髪の毛。

本気だ。
初めて本気で人を殴る。
開いたパンドラの箱、時間は戻らない。

「…どーせ金だけ積まれて期待されねぇ次男だよ!」
「あーたが真面目にやりゃいいさ!」
「オメーにゃわかんねぇだろ!期待されて任されるだけマシだろーが!」


おやじが一代で一時代を築いた会社。瞬く間に日本の中心を引っ張ってく存在になった。
次期社長の椅子は優秀な伯邑考あんちゃん。
ガキなりに憧れたそのポジションも、金で入ったエスカレーター私立じゃ見世物小屋の動物以下で。
才覚もなけりゃさっさと女と夜に溺れた。
酒と煙草に手を出さないのは、最後の姫家のプライドだ。
誰ももう、俺を見てない。
誰も本気で取り合ってくれない。
王様だから集まってくる。
気楽で馬鹿な発ちゃんでいるしかない。
そうじゃなきゃ誰も俺を見ちゃくれねぇ。

オヤジが任されて一人で大きく根を下ろした中華料理店。
店が潰れても独立してる天禄兄貴の力は借りらんねぇ。
母ちゃんがいない男所帯で、まだ天爵と天祥はあまりにも小さい。
楽しみも夢も、捨てなきゃ前に進めないトカゲの尻尾で、諦めきった新しい環境で、友達なんか出来る訳ない。
突然真っ暗になった毎日じゃ、グレ方もつるみ方もわかんねぇ。
吸いたくない、煙草なんか。
誰にもバレなきゃ、誰も巻き込まなきゃいい。
そのアンバランスの上じゃなきゃ、方向も立ち方も壁もわかんねぇ。

「…わっかんねぇ、さ!」
「俺だってわかんねーよ!」

…本当に?

誰か、だれか、気付いて。
本当の俺の、王様じゃない姿を見て。
本当は弱い俺っちに、誰か気付いて。

だれか、もう、此処に、目の前に。

あの埃だらけの屋上に閉じ込められた魂を、誰か気付いて。
だれか、今。
此処にいる人が――


「あ、ゴメン!手が滑っちゃった!」
殴り合いの怒鳴り合いに似合わない、グラウンドの端の花壇と痛む全身に振りかかった水しぶき。
血の味も砂埃も、みんな洗い流してくれる気がして。
ゆっくり揺らめいて消える意識の隅に、線の細い癖っ毛の影が見えた。

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