立ち漕ぎ(2/2)




「おう!」
いらっしゃいませ、の言葉を聞く前に声をかけた。睨む目に怯んでたまるか、今日は一人だ。
「…お席にご案内いたします」
少し伸びた黒髪の後ろについていく。
「あーっと、カルボナーラとプリンちゃん」
無機質な機械の入力音。
「やっぱドリンクバーも」
もう一度入力音。繰り返さずに去った背中も、料理を運んできた腕も、なにも言わない。
それが酷く、腹が立つ。
「なぁ。これ、こっちのトースト頼みたいんだけどさ、」
追加注文にも無機質な入力音。
「これってさっきのとセットんなるよな?なんだっけ?じゃあやっぱスープも」

言った瞬間、頭に走る鈍痛と、カラー反転の世界。

丸まったメニュー表が虚しく転がった。

きっとそれで頭をぶっ叩かれた。

やりすぎた。

謝るのか?

痛い。

ちくしょう。

怒られて他の店員に引っ張られていく黄天化。

見たくなかった、そんな背中。

じゃあなにが見たかったのか。

考えて、ゾッとしたようなしないような。


店を出て、待てど暮らせどその男は出てこない。きっとあの件で怒られているとか、シフトを伸ばされるとか、そんなことだと思う。それでもよくわからない。
だって、自分はバイトなんてしたことがないから。
"王様"だから、だ。

もしかして、首になったりすんのかな…

そう考えると手足が冷たくなった。震える唇は、もうすぐ初夏を迎える夕暮れにカサカサ乾く。
ささくれて痛い。
きっと馬鹿みたいに幼いキスをしすぎたのだ。酷く柔らかい女の唇は、心地が良くて怖くて、それでも止められない。
だって自分は、アイツみたいに法を犯してはいないから。
煙草だって酒だって、法に触れることは犯していないから。弱いものは弱い同士で、ある程度集まってるのがセオリーだ。
自分を守る精一杯の、ガキの浅知恵だ。
何故あの男は、自分ひとりで生きているような顔をするのだろうか。
ささくれて痛い。

そんな顔をさせているのが自分なのかもしれないと、そう考えたら泣きたくなった。
なにもしていない、遊びたかっただけだ。話しかけただけで、それ以外のやり方がわからないだけで、悪くしようとなんてこれっぽっちも思っていないのに。
その目が怖い。……怖い。

「……なにしてるさ、王サマ」

振りかかった言葉は、やはり予想以上に棘々しく、それでも殴られなかっただけマシだろうか。

「その…、さ、さっきは悪かった。」
「別にもういーさ!気にしてねぇ」
その清々しい顔に、一瞬怯む自分がいて、
「クビ…ってことか?」
「違うさ!縁起でもないこと言うの止めてくんねーかい?」
フランクに話す声を、初めて聞いた。
「次もバイトあんだろ?その…お詫び。ごめん!」
「へ?」
頭を下げた発の横に付ける、小さな折りたたみ自転車。
「今度工事現場だろ?乗ってけよ」
「……ありがと、さ」
小さい自転車に乗って走り去る背中が暗い夜に消えかけて、何故だか慌てて追いかけた。
「オイ!天化!」
「うあー!これ漕ぎにくいさー!!」
そりゃそうだ。買ってくるサイズを間違えた。目と鼻の先のホームセンターに駆け込んだ自分は、一体なにをしたかったのだろう。
わからない。
「走った方がはえーか、な…?」
それでも立ち漕ぎを続ける背中は、自分より小さく、ハンドルを握る荒れた手は、働いている証。そんな気がする。
「ちょっと、オイ!待て、天化、乗せてけ!」
「はぁ!?あーたどんだけスタミナねぇんさ!」
「だーって!セックスしかしてねぇ」
「黙るさアホ!」
息を切らす先を往く自転車。不思議と会話がかみ合う。
「なぁ、お前バイク盗んで走ったことある?」
「…好きで悪いさ?」
「どっちの意味だよ」
「尾崎!」
「やっぱ好きなんだ」
「…オヤジの受け売りさ」
「照れんなって」
「違うさ!」
響くのは照れ隠しの罵声で、もしかしたら心地好いかも知れないなんて。
腹の底のぐらぐら煮え立つ煩わしい攻撃的な気持ちは何処かへナリを潜めていて、なんだかそれだけで良いと。思ってしまった5月の半ば。


end.
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やっと書けた発…!と、ちょっと進展中。
2010/11/12

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