ビブラート(3/3)




「えー、なにか言うことはあるか?」
「……別にねぇよ」
「うむ、ならばわしからも言えることがないんだがのう」
「はぁぁ?太公望お前なぁっ…!」
「こら発!」

なんとも締まりのない三者面談が幕を開けて一分後。既に行き先を見失った列車が見知らぬ駅に辿り着いた。
「本人にやる気がないなら外野が何を言っても響かぬよ。……少なくとも姫発、おぬしはそういう考え方をしているように思えるが?」
「っ、――!別に俺は」
「そう卑屈になるでない」
「卑屈になっちゃねぇよ!」
「ならば素直に」
「悪ぃがこれが性格だっつの!」
「発!口が過ぎるぞ!」
見えない見えない終着点。それもその筈、担任の手にお得意の差し棒もないと来れば、担任にすらやる気がないのだろうから。発はそう結論付けて、頑張ると決めたあの決意は兄の登場に狂わされて消えてしまった。

こんなにあったのかと。
コンプレックス、と呼ばれるものが。トラウマ、と呼ばれるものが。寂しさと自信のなさが。

情けない。
情けなくて情けなくて涙も枯れたぜ!

そう声にしかけた時だった。

「まだ言うか!!」

地鳴りの如く怒号が頭上を遥かに超えた意識の底から沸き上がるように降りかかり、まるでそれは天変地異だ。

「これだけの学友と先生に恵まれてなお、まだ甘えるか発よ!」

その低いビブラートには覚えがある。そうだ、担任の、太公望の怒る声。サブグラ百週!そう言い渡したときの声だ。しかしその太公望が
「……久しいのう」
そう、穏やかに告げていた。

――背後に立つは、

「おっ、……おや、じ……!?なんでっ…、」

父の姿。

怒号のビブラートは穏やかな声に形を変えて、
「久しぶりだな、太公望よ。……発よ。」
頭を垂れた。
「おやじ…」
「言っただろう、俺は"父上の代理"だと」
「待たせたな、発。業務は南宮カツが纏めてくれているのでな」
そして上げた面の穏やかなること。並ぶ兄の面の穏やかなること。この人は、父は、兄は、こんなに穏やかな顔で自分を見ていただろうか?知らない、いつも目を逸らしていたから。

「先ほど廊下で叱られたよ。……"あんたの所為で発が王サマになってしまった"と――」
「!」
「良い友を持った息子を信じない親はいるまい。……だが、信じるあまり、一人にさせすぎた。……すまなかったな、発」
「おや、じっ……」
言葉が出ない。喉に詰まって張り付いて、それでも何故だか不快ではない。
「おやじ」
「うむ」
「…っ、お、っ……」

おとうさん、たった一人の。

「さぁ、改めて四者面談としようか!」




夜は、更ける。
酷く星の輝く冬の日だった。

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