ビブラート(2/3)




「普賢、腹が痛い!痛いったら痛い!寝る!」
いつもは間延びしている声が仰々しく響く保健室の入口。
「はい、太公望先生"失礼します"は?」
「それどころじゃないっつーに…ふげ、」
「来てたね。彼の――」
揺れる工芸茶の影が笑う。


"お兄さんが。"


「発、お待たせ」
そう、静かで柔和な声が降った。よく似た顔の黒髪が靡き、教師不在の三者面談会場の前が戦慄いた。
「あ、あんちゃん!?なんでこんなとこいんだよ!上海行くって――!!」
「業務なら任せてきたよ。発の三者面談だろう?」
力が、
「は、はぁ?」
「だから、発の三者面談だろう?大事な日だから俺が父上の代理に来たよ」
「お、っ、ぉ、ぅ…」
抜けた。

力が抜けた。

発の眉が釣り上がり、そのまま八の字に下がり、迷う。こんなこと有り得るのだろうか。姫グループ海外進出第一号上海支社を任された、そのはずの長男が何故今ここに立っているのか。嬉しさ、拍子抜け、あとはなんだ?
「俺、だぜ?俺の三者面談だろ?旦ならわかるけどよ、なんで俺?」
「なんでって……」

"発は大切な弟だからね"

そんな謎の呪文が聞こえた。呪縛であり呪詛であり、幸せの呪文でもあるそれ。

「っ、んだよ、それ……」

それ以上の言葉は続かなかった。胸の違和感と多幸感にふらついて地面が見えない。泣いているのかも知れないその目を伏せて、息が震えた。恐らく兄は見て見ぬ振りをしてくれるだろうけれど。
「……伯邑孝あんちゃん」
「ん?」
また、それ以上の言葉は続かなかった。

「あーあー、テステス。これより我がクラス最後の三者面談を始める。遅れてすまぬのう、発よ」

間延びしたあの声が、廊下から迫っている。ラスボスはすぐ目の前だ!

[ 2/3 ]



屋上目次 TOP
INDEX


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -