決戦は金曜日(3/3)




きんこんかんこん、鐘は鳴る。私立のエスカレータ高校に驚かされるばかりの半年も、何故かいつも変わらないこの鐘の音だけは古臭く、幼い記憶と重なっていた。
ぐっと握る右の手のひら。ぐっと噛み込む両の奥歯。

"三者面談中、静かに"
そう縦書きで書かれた半紙が貼られた教室のドアは、ラスト・ダンジョンへの入り口だ。毎日毎日間延びした声でミミズののたくったような文字を書き綴る鬼の現国・太公望が、あのドアの向こうへ鎮座ましましている。
半紙にどっしり腰を据えた毛筆の留めが、存外頑固な担任の本性を仕留めたようにそこにある。日々の板書とは大違いだ。

ごくり。足元を睨んで唾を飲んだ。背中をぞぞっと這い上がる、えもいわれぬ寒気と鳥肌、脂汗。
背後の階段は、逃避の城へと続く登りの細道、現実の昇降口へと降る螺旋の大階段。
またぐっと息が詰まる。


震えるな、身体。
震えんじゃねぇ、俺っち。
ちゃんとしっかりイメトレしたろ、開口一番言うことも、センセに怒鳴られても臆せず切り込む唇の動かし方も、椅子に腰下ろすまでの爪先の方向も。


全部ぜんぶイメトレしたべ!
震えんな、震えんな俺っ──

「震えんな、天化」


恐れを浚うかの如く言葉尻に重なった声は、

「…っ、…オヤジっ…」

いつでもでかい、そんなその人。誰よりでかい、たった一人の父親だった。

おとう、さん。

おとうさん、


お父さん。



いつからか呼べずにいた、甘えられずにいた、おとうさんのなまえ。


「待たせたな!……うら、そう心配すんな天化」

焦がれてやまない、天化のすべてのはじまりのひと。

くしゃりと笑う笑い皺に、じんわり目元が熱くなる。
アイロンが走らなくなったよれよれの鼠色のスーツは一張羅。慣れないポマードは古臭い匂いで天化を包む。
「あ゙ーあ゙ー、緊張すんなァ…ネクタイ曲がっちゃねぇか?」
「へっ、似合ってねぇさアホオヤジ」
「うるせぇぞボケ息子」
「……ウソさ、…似合ってるぜ、オヤジ」
「──すっかり、いっちょ前に制服板にツケちまってなぁ?なぁ…」

さあ、急げ!ラスボスはもう目の前だ!


「待っておったぞ、天化」


――ひゅう、風が吹いた気がした。
ひっと含む脚と喉。それを制したのは
「いやーぁ、お互い老けたな太公望殿!」
「ダァホ、大概変わっておらんではないかお主は」
ただ一人の父の声だ。
「へ?ちょい待ちオヤジ!」
「久しいな、太公望殿」
「うむ、噂は聞いておったよ」
「え?え?ちょい待ちさセンセー!」
「あの夏以来か?」
「そうだのう」
「話がわかんねぇさ!」
「なんだ天化、言ってなかったか?俺が高校一度きりせり負けた部長・紂王以外の漢、敵将太公望殿だ!ほれ挨拶!!」



「きっ、」

きっ、

「聞いてねぇさ馬鹿オヤジーーーーー!!?」

今度こそ、決戦のゴングは鳴ったのである。

2015/03/24

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